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Wind flower   作者: swan
第一章
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見えない



 腕をつかんだまま足早に歩き始めたケノワにレイダは精一杯ついていくしかない。


 今はまだ仕事中のはずだ、だから今も制服を着たまま。それも士官用で一般人にも興味を持たれる、目立つもの。


 レイダの視線に気付いたのかケノワが歩きながら振り返る。


「どうして出てきた?」


 少し掴まれていた腕への力が抜けた。


「仕事を…探しに」


 ケノワの右眉が上がる。僅かな変化だけど怖い。

 でも…心の中でまたこの前と同じ言葉を繰り返してしまう。

 言葉を続ける事が出来なくて、沈黙のままケノワのアパートメントの前まで来てしまった。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 ケノワはレイダの腕を解放すると部屋まで戻るように無言で示す。


「ごめんなさい」


 ケノワが怒っているような気がして慌てて階段を駆け上り部屋へ駆け込む。


 気のせいなんかじゃない、あれは大好きな人を自分が怒らせてしまったのだ。

 こんな身寄りなんて無くてどうしようもないレイダを家に置いてくれているだけでも奇蹟に近い。

 それなのにレイダは自ら彼の言うことを破った。

 だから怒る権利を彼は持っているのだ。

 でも、レイダの中ではどうしても割り切れなかった。娼館に売られるまでの自分に彼が優しくしてくれる事、でも、いつまで続くか分からない。


 ずっと、甘えられない。だから、自立して生活をしていく事を目指さなくてはいけないのだ。





 夜遅くケノワが帰ってくる。残業だったようでその手にはまだ大量の資料が入ったファイルを手にしていた。


 レイダの夕食はケノワが朝作り置きしていった物を温め直して食べていた。

 今だにメイン料理は任されていない。

 レイダもケノワのためにその食材を温める。

 それを横目にケノワは自室で軍服から私服に着替えて出てきた。


「どうぞ…」


 レイダから出された食事を受け取り食べ始める。

 いつも通りに食べおえたケノワは、所在が無さげに立ちすくむレイダを一瞥する。


「どうした」


 言いながらも自身が食べ終わった食器を重ねて流しに置く。言葉を促すようにケノワは目線を送る。

 そんなケノワを目で追っていたレイダは頷いた。


「今日の…お昼の事で…」


「そのことか」


 あっさりと頷くとケノワはソファへレイダを仕草で呼ぶ。

 

 自身も座って目の前に座るレイダを見る。


「出歩くなと、話さなかったか」


「はい」


 ケノワの顔は怒っているわけではない。

 けど、目に感情が宿る。言う事を聞かない自分に苛立ってる。


「危ないから、今後一人では出歩くな」


「そんな!」


 言い切られた言葉にレイダは泣きそうになる。


 それに別の感情が混ざる。

 納得いかないと表情に表したレイダにケノワは重ねて告げる。


「今はこの家から出られると仕事が増えるんだ。大人しくしてくれないか」


 まるでそれは娼館に入れられた時に聞いたような言葉。


 ―――それでは意味が無いのだ。

 立ち上がって声をあげてしまう。


「どうしてそんな事いうんですか? 私、嫌です。ずっとここに閉じこもってるなんて! こんなんじゃ私が逃げたかった生活と何も変わらない」


 感情が高ぶって涙が盛り上がってくるのを感じる。

 自分がこの家にいる間ケノワはエレノアのような彼女と会ったり自由を謳歌するのだ。いくら自分からこの家に転がり込んだからといってあんまりだ。


「わ、私は娼館に戻ってでもここから出たほうが自由なのかもしれない…」


 思わず出てしまった言葉にケノワが顔を上げる。


「それは許さない」


 強く低く響いた声にレイダは身を竦ませる。


「それでもっ、私だってしたいことがあるんです!」


 涙声でそれだけ口にすると自身にあてがわれた部屋に駆け込む。


「レイダ」


 レースが沢山施されたふかふかのベッドに飛び込む。ぐちゃぐちゃになった頭の片隅で自分の名前を呼ぶケノワの声を聞いた。


「っふ、ぐ…」


 布団を頭まで被ると声殺してとめどなく流れる涙と共に泣いた。




「どうしてこうなるんだ」


 レイダの部屋から微かに泣き声が聞こえる。

 出てこないと悟り彼女の扉の前から身体を離す。

 深くため息をつくと自室へ向かう。今日中に仕上げなくてはならない報告書がいくつか残っているのだ。


 思わず増えてしまった仕事に少しキフィに回すことも考えなくてはいけない。

 これは自分だけのせいではないのだから。



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