雨の中で
乾季が終わろうとしている。
時折繰り返されるだけだったスコールが、今や一日の半分にも迫り始めた。
このマムレム王国は、乾季と雨季に季節が分かれている。
乾季は国を砂まみれにし、雨季は人々に憂鬱を連れて来る。誰かが前に、そう言ったのを覚えている。
私は、確かそれに雨は歓喜も連れて来ると答えて苦笑いされた。
しかし、今は少しかの人がそう言ったのが分かる気がする。一刻前に降り始めた雨の中、私は王都レアムドザインの街を走り回っているのだから。
淡い栗色の髪と感情をあまり映さないといわれるブルーグレイの瞳の私の灰色の軍服は今や沢山の水を吸っている。
街には雨の中でも沢山の人垣が出来ている。
その中から、私は自身の上官を探し出さなくてはいけないのだ。
上官が行く場所はほとんどリストアップしてある。
上官付きの部下は自分だけではないのだが、残念ながら上官は私以外の者の言葉には耳を貸さない。メモをめくりながら走る。水溜りなど気にせず、泥水が飛び散る。
「キャッ!」
その小さな叫びに足を止める。振り返ると、花売りの少女のスカートが泥水に染まっている。
「すまない。急いでいたものだから、大丈夫か?」
声を掛けると少女は傘の影から顔を上げる。
「・・・。」
淡い巻いた赤毛の少女の顔がゆっくり驚きに染まっていく。この少女見たことがある気がする。どこだったかまでは、残念ながら思い出せないのだが。
少女の無言の凝視に耐えかねて声を掛ける。
「大丈夫か?」
「は、はいっ。だ、大丈夫です」
「では、すまないが、これで代わりの服を買ってくれ。時間がなくて」
給料前のなけなしの持ち金を彼女に差し出す。女性物の服の値段なんて分からない。しかし、彼女は花籠と傘を持った手を開かない。
―――カーン、カーン、カーン。
軍本部の敷地にある塔の招集鐘が響き渡る。
「三回…、このままでは間に合わなくなる。」
ずぶ濡れの手で握っていた紙幣とコインを、無理やり彼女の手に押し付けていく事にする。
走り出した背中に何か少女が言うのが聞こえたが、雨と雑踏に聞き取れなかった。