全争いのとき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
月の満ち欠けについて、みんなほぼ理解できたかな?
ざっくばらんにいえば、太陽に照らされた月の部分がどれほどかによって決まる。地球から観測する場合に、どのように見えているかが大事だ。月そのものの形が変わるわけではないのだよねえ。
仕組みが分かってしまうと、どうってことなく思ってしまうのが世の中。自分にとって手が届く場所にまで、神秘が降りてきてくれたんだからね。ネタが割れたならば、安心感とともに抱え込める。
人間がそう思ってしまうんだ。向こうだって、それを察したならば手を入れてくることもあるかもね。人間を無視、あるいはたいしたことないと思っているうちはよくても、意識することがあったなら、容易に考えの外をついてくる。
手の内は普段隠しといたり、そもそも使わなかったりするものだ。出くわす機会があったなら、レアケースと思って大事に検討したほうがいいかもしれない。
我が家にも、ご先祖様が体験したという奇妙な一晩についての話が残っているんだ。ちょっと聞いてみないかい?
その晩、ご先祖様は提灯を片手に夜道を急いでいたそうだ。
どのような用事だったのか、ということは伝わっていない。口外しづらいことだったのかもしれないが、いつの世も人には内緒ごとがあるものだ。
その日の晩は星がなく、代わりにほぼ満月の月が夜空にたたずんでいたらしい。
ここは町中。人工的な遮蔽物も多く、月の光がさえぎられてしまう角度もあるのだろう。提灯なしにはまともに視界のきかない箇所もところどころにあったという。
逆にそこから離れるときには、提灯の明るさとは異なる月の光もはっきりと判別がついたらしい。
それこそ、話の中でしか見られないような「青ざめた」光だったとか。
提灯まわりの暖色な光に対し、道にこぼれる月は青い草の汁をまぶしたかのよう。ややもすると、草そのものの特徴的な香りさえも漂ってきそうだったとか。
普段とは違う。そう感じるご先祖様は、家までの残りの時間、なおも足を早めようとしていたそうなのだけど。
にわかに、この青白い光が消えた。
雲がかかるなどといった、じわじわと版図をなくされていくような蝕み方ではない。
その場が切り替わったかのような、同時の消失。瞬く間に、この場はご先祖様の放つ提灯のみを光源とする場と相成った。
思わず、空をあおぐご先祖様。
月そのものは、消えてはいなかった。ただ、その輪郭を残して紫色の膜らしきものが、取り巻いているのが見えたらしい。それにより光が遮断されてここにまで届いてこないのではないかと。
赤い月を見た、という話は誰かから聞いたことはあったが、ああも紫色の月を見ることははじめて。つい、急ぎ足のはずだったご先祖さまも止まってしまったらしい。
その紫は、奇妙な動きを見せていた。
ときおり、月を包む面に針でつついたかのような小さい穴が、まばらに空くことがあったそうな。しかし、その穴は自然と埋まり、それどころか月そのものの輪郭も隠さんと厚みを増しているところもあったとか。
しかし、その厚みも長続きはしない。またも紫の膜の向こうから月の姿がせり上がってきて、穴を空けにかかってくる。
月と紫のせめぎあい。
そう、ご先祖さまには見えたらしい。あの紫の正体はわからずじまいだったが、少なくとも霧などの自然現象とは思えなかった。
濃く包み込まんとする動きも、穴の空いたところを埋めんとする動きも、生き物が見せるそれだ。
そう思った矢先、この紫は退いた。やってきたときと同じく、ぱっと切り替わったように紫はいなくなり、月の光が戻ってきた。
月においては、だが。
紫は月から消えたが、次の瞬間にはご先祖様の持つ提灯が、完全に紫色に染まりきっていた。
ふと、力がかかって手から提灯がすっぽ抜ける。地面に転がった提灯はみるみるうちに形を変え、一匹の猫になったかと思うと暗闇の中へ消えていったらしいのさ。
月か紫か。いずれかの持つ、奥の手がこぼれたのかもしれない。




