第9話 特売の和牛を守るため、ドラゴンを空の彼方へ飛ばしてみた
《緊急警報! 緊急警報!》 《渋谷ダンジョンより、大規模な『スタンピード(魔物の氾濫)』が発生! 市民は直ちに避難してください!》
不気味なサイレンが都内に響き渡る。 ダンジョンの入り口から、黒い奔流のように魔物たちが溢れ出し、近代都市を蹂躙し始めた。 空にはワイバーンの群れ、地上にはオークやゴブリンの大軍勢。 過去最大級の災害に、街はパニックに陥っていた。
***
「みんな! 私の後ろに下がってください! 逃げ遅れた人はいない!?」
シズクは瓦礫の山となった交差点で叫んだ。 彼女は配信ドローンを飛ばし、避難誘導の生放送を行いながら、光魔法『サンクチュアリ』を展開して逃げ惑う人々を守っていた。
「くっ……キリがないわね! 燃え尽きなさい! 『ヘル・ブレイズ』!!」
その隣では、カレンが猛烈な炎でオークの集団を焼き払っていた。 Aランクの力は絶大だが、敵の数が多すぎる。
「ハァ……ハァ……魔力ポーション、もう切れちゃった……」 「カレンさん、無理しないで! 救援が来るまで持ちこたえれば……!」
しかし、絶望は空から降り注いだ。
ギャオォォォォォン!!!!!
轟音と共に、ビルを粉砕して巨大な影が舞い降りる。 全長50メートル。漆黒の鱗に覆われた災厄の化身。 Sランクモンスター『アビス・ドラゴン』。 通常兵器はもちろん、Aランク冒険者の攻撃すら通じない「生ける天災」だ。
「嘘……こんなドラゴンまで出てくるなんて……」
カレンが膝をつく。 ドラゴンの口元に、街一つを消滅させるほどの高エネルギー反応――『ブレス』の光が収束していく。
(終わった……)
誰もが死を覚悟した、その時。
「「「オヤジのシマ(街)を荒らすんじゃねぇぇぇ!!!」」」
ドカバキグシャァッ!!
ドラゴンの足元に群がっていた魔物たちが、次々と宙を舞った。 現れたのは、全員が喪服のような黒スーツに身を包み、サングラスをかけ、手には「交通安全」の旗や「清掃用トング」を持った男たちの集団。
元犯罪組織、現・剛田ファンクラブこと**『剛田組』**の500人だ。
「市民の皆様! 我々が盾になります! 安全な場所へ!」 「おいテメェら(魔物)! ここは駐輪禁止だオラァ!!」
彼らは裏社会で培った戦闘技術と、響への狂信的な忠誠心で、死を恐れずに魔物の群れに突っ込んでいく。
「な、なんなのあの人達!? マフィア!? でもすごく礼儀正しい!?」
シズクが混乱する中、剛田組の隊長(元幹部)が叫ぶ。 「シズク姉さん! カレン姉さん! ここは俺達が食い止めます! オヤジ(剛田様)が来るまで、絶対に崩させません!!」
「だ、誰が姉さんよ!!」
しかし、彼らの奮戦も虚しく、ドラゴンのブレスの発射準備が整ってしまった。 圧倒的な死の光が、剛田組もろともシズクたちを飲み込もうとする。
「――っ!!」
全員が目を閉じた。
「あー、もう! 通れないじゃん!!」
ドォォォォォォォン!!!!!
上空から何かが降ってきたかと思うと、アビス・ドラゴンの巨大な頭が地面にめり込んだ。 ブレスは暴発し、明後日の方向の空を焼き尽くす。
「え?」
土煙の中から現れたのは、スーパーの袋を両手に持ち、額に汗を浮かべた剛田響だった。
「もー! 人が多いと思ったら、なんなのこのトカゲ! 通行の邪魔だよ!」
響はプンプン怒っている。 彼の手にある袋の中身は――『最高級A5ランク黒毛和牛(賞味期限今日まで・9割引)』。 奇跡的なタイムセールで手に入れた、彼の魂(夕飯)だ。
「ご、剛田!!?」 「響さん!?」 「オヤジィィィィ!!!」
歓喜の声が上がる。 しかし、地面にめり込んだドラゴンはまだ死んでいない。 怒り狂ったドラゴンが起き上がり、響に向かって最大出力の咆哮を上げた。
『グルァァァァァァァァァ!!!』
凄まじい音波がガラスを割り、人を吹き飛ばす。 だが、響の表情がスッと真顔になった。
「……うるさい」
響は和牛の袋を地面にそっと置くと、一歩踏み込んだ。
「これ、保冷剤もらってくるの忘れたんだよ。早く帰らないと、脂が溶けて味が落ちるんだ」
ドラゴンが巨大な爪を振り下ろす。 Sランクの一撃。 響はそれを、下から突き上げるような**「アッパーカット」**で迎撃した。
「そこをどけぇぇぇぇ!!!」
ズドォォォォォォォン!!!!!!!!
物理法則が仕事を放棄した。 響の拳がドラゴンの顎を捉えた瞬間、50メートルの巨体が風船のように垂直に打ち上がったのだ。
ビルを超え、雲を突き抜け、さらにその上へ。
キラーン……☆
空の彼方で、ドラゴンは小さく輝いて見えなくなった。 文字通り、星になったのだ。
「……あ」
静寂が戻る。 残された魔物たちは、ボスが一瞬で「退場」させられた光景を見て、恐怖で震え上がり、我先にとダンジョンへ逃げ帰っていった。
スタンピード、鎮圧完了。 所要時間、響が来てから約1分。
「ふぅ。なんとか道が開いたな」
響は空を見上げることもなく、地面に置いた和牛の袋を大事そうに拾い上げた。
「よし、まだ冷たい! 今日のすき焼きは最高だぞー!」
彼は満面の笑みで、呆然とするシズクたちの元へ駆け寄った。
「あ、シズクちゃん! 神楽さん! 奇遇だね。これから家ですき焼きやるんだけど、一緒にどう? 肉、めっちゃいいやつ買えたんだ!」
街を救った英雄の第一声が「すき焼きの誘い」。 シズクは力が抜けてへたり込み、カレンは涙目で笑い出した。 剛田組の男たちは「さすがオヤジ! ドラゴンより肉!」と謎の解釈で感動して泣いている。
《D-Live コメント欄》
名無しさん:ドラゴンが……星になった kuma:肉 >>>> Sランクモンスター 武器マニア:あのアッパー、測定不能です シズク親衛隊:伝説を見た アンチ:もうアンチ辞めて剛田教に入信します
この日、剛田響の伝説は決定的なものとなり、 政府は極秘裏に**『対・国家級災害兵器(コードネーム:お肉大好きマン)』**として、彼を監視対象……ではなく「保護対象(丁重におもてなしする対象)」に指定したのだった。
「さあ帰ろう! 卵は冷蔵庫にあるから大丈夫!」
夕焼けの中、楽しそうに肉の話をする最強の高校生と、それに続くヒロインたちとヤクザ軍団。 平和な(?)日常が、今日も守られた。




