第7話 元Sランクの暗殺者が来たけど、アイスが溶けそうだったので帰ってもらった
都内某所、高級クラブのVIPルーム。
紫煙が漂う薄暗い部屋で、強面の男たちが卓を囲んでいた。 彼らは裏社会で幅を利かせる犯罪組織『黒蛇』の幹部たちだ。
「……例の高校生、『剛田響』のデータは洗えたか?」
組織のボスが重い口を開く。 テーブルの上には、響がスチールゴーレムを粉砕した瞬間の写真がばら撒かれていた。
「ハッ。表向きはただの高校生ですが、その戦闘能力は異常です。我々がダンジョンで密猟している希少種も、彼に見つかれば狩られかねません」 「ふん。目障りなガキだ。人気が出る前に潰しておけ」
ボスが目配せをすると、部屋の隅の闇から一人の男が音もなく現れた。 全身に古傷があり、両腕には禍々しい黒色のガントレットを装着している。
「『壊し屋』ガイ。頼めるか?」
その名を聞いて、幹部たちが息を飲む。 かつてSランク冒険者として名を馳せたが、過剰防衛と傷害沙汰でライセンスを剥奪された男。 今は裏社会最強の用心棒として恐れられている、殺戮のスペシャリストだ。
「……へっ。相手はガキ一人だろう? 瞬きする間にミンチにしてやるよ」
ガイは嗜虐的な笑みを浮かべ、ガントレットをガシャンと鳴らした。
***
夕暮れの商店街。
「ふんふふ~ん♪ 今日はいい日だなぁ」
剛田響は、コンビニの袋を大事そうに抱えて歩いていた。 袋の中身は、期間限定の高級アイスクリーム『雪解けバニラ』。 普段は高くて手が出ないが、今日は奇跡的に半額シールが貼られていたのだ。
「早く帰って食べないと。溶けちゃうし」
響が人気のない路地裏を通って近道をしようとした、その時だった。
「――おい。坊主」
背後から、凍りつくような殺気が放たれた。 響が振り返ると、そこには不気味なガントレットをつけた男、ガイが立っていた。 狭い路地裏に、異様なプレッシャーが充満する。一般人なら気絶しかねない威圧感だ。
「ん? 誰?」 「剛田響だな? 不幸だと思え。お前の命運はここで尽きる」
ガイは問答無用で地面を蹴った。 ドォンッ!! アスファルトが踏み込みだけで砕け散る。 Sランクの身体能力。音速に迫る踏み込みで、一瞬にして響の懐に潜り込む。
「死ねぇ!! 『粉砕撃』!!」
その拳は、ビル一棟を倒壊させるほどの破壊力を秘めていた。 衝撃波を纏った必殺の右ストレートが、響の顔面へと迫る。
(……あ、危ない!)
響は瞬時に反応した。 自分の顔ではない。 ガイの拳が起こした風圧が、コンビニ袋の中のアイスに悪影響を与えると判断したのだ。
「ちょっと!!」
響は左手でコンビニ袋を高く掲げ、 空いた右手で、迫りくるSランクの拳を――「むんっ」と鷲掴みにした。
ドゴォォォォォォォン!!!!!
周囲のコンクリート塀が衝撃波で吹き飛び、窓ガラスが割れる。 しかし。
「……は?」
ガイの動きが止まっていた。 彼の必殺の拳は、響の手のひらの中で完全に停止していたのだ。 微動だにしない。まるで巨大な万力に挟まれたかのように。
「ば、馬鹿な……!? 俺の『粉砕撃』だぞ!? 戦車すら鉄屑に変える一撃を受け止めた……だと!?」
ガイが驚愕に目を見開く。 冷や汗が滝のように流れ落ちる。 響は、少しムッとした表情でガイを見下ろした。
「あのさぁ、おじさん」
響の声は低かった。
「挨拶もなしに殴りかかってくるのは百歩譲っていいけどさ。その風圧でアイスが溶けたらどうしてくれるの?」
「あ、あぁ……?」 「これ、半額だったんだよ? 最後の一個だったんだよ? 楽しみにしてたんだよ?」
響の握力が、わずかに強まる。
ミシミシミシッ……!!
「ぎ、ぎゃああああああ!!?」
ガイの悲鳴が路地裏に響く。 特殊合金で作られたSランク装備のガントレットが、響の素手によって飴細工のように捻じ曲げられていく。 中の骨ごと、粉砕されそうになる激痛。
「ま、待て! 俺はSランクの……!」 「Sランクとか知らないけど」
響はガイの拳を掴んだまま、ひょいっと彼を持ち上げた。
「反省してね」
そして、ゴミ出しでもするかのような手つきで、ガイを地面に叩きつけた。
ズドォォォォン!!
地面が陥没し、ガイは白目を剥いて沈黙した。 装備はボロボロ、心も体も完全に再起不能。 戦闘時間、わずか3秒。
「ふぅ。危ない危ない。中身は無事かな?」
響はコンビニ袋の中を覗き込む。 アイスは無事だった。
「よかったー! まだ冷たい! 急いで帰ろう!」
響は地面に埋まった元Sランク冒険者には目もくれず、スキップしながら帰路についた。
***
翌日、組織のアジト。
「ほ、報告します! ガイがやられました!」 「なんだと!?」 「しかも、目撃証言によると、剛田響は**『左手にアイスを持ったまま』**片手でガイを制圧したそうです……」
「バケモノか……!」
ボスは震える手で写真を握りつぶした。 Sランクを赤子扱いする高校生。 裏社会の常識が通用しない存在が、そこにいた。
当の本人は、 「昨日のアイス、美味しかったなぁ。また半額にならないかなぁ」 と、教室で呑気に考えていた。




