第5話 登校したら、学校が俺のファンクラブになっていた件
「ふわぁ……昨日のハンバーグ、美味かったなぁ」
剛田響は大きなあくびをしながら、通い慣れた通学路を歩いていた。 彼は都内の冒険者育成コースがある私立高校に通う3年生だ。 いつもと変わらない朝。しかし、校門をくぐった瞬間、世界の様子がおかしいことに気づいた。
「……ん?」
ザワザワ……ヒソヒソ……。
登校中の生徒たちの視線が、一斉に響に突き刺さる。 男子生徒は驚愕の眼差しで、女子生徒は黄色い声を上げながら。
「おい見ろよ、あれ3年の剛田先輩じゃね?」 「マジだ、動画の『ジャージの人』だ!」 「実在したんだ……」 「剛田君って、いつも居眠りしてる帰宅部の人だよね? まさかあんな実力者だったなんて……」
(なんだ? 今日は寝癖がひどいのか?)
響は自分の頭をわしゃわしゃとかきながら、気にせず下駄箱に向かった。 上履きに履き替えようとした、その時だ。
「剛田君っ! サインください! ジャージの背中に!」 「俺には拳で一発入れてください!」 「あの、卵のメーカーどこですか!?」
ワラワラと群がる生徒たち。 響はきょとんとして、首を傾げた。
「え、なにこれ。ドッキリ?」
自分の動画が現在進行形で数百万再生を叩き出し、SNSのトレンドを独占していることを、ガラケー派(通話のみ)の彼はまだよく理解していなかった。
***
教室に入ると、空気はさらに一変した。 クラスメイト全員が、まるで珍獣を見るような目で響を見つめている。
「よう、剛田。お前……とんでもないことしてくれたな」
苦笑いで話しかけてきたのは、友人の田中だ。
「なんだよ田中。俺なんかしたっけ?」 「とぼけるなよ! 昨日のシズクちゃんの配信だよ! お前、中級ボスのスチールゴーレムを手刀で切ったんだって!?」 「ああ、あれか。ちょっと硬かったけど、いい運動になったよ」
「……『いい運動』で済むレベルじゃねーよ!」
田中がツッコミを入れた瞬間、教室の扉が**バンッ!!**と勢いよく開かれた。
一瞬で教室が静まり返る。 入ってきたのは、燃えるような赤いロングヘアをなびかせた、一人の美少女だった。 制服の着こなしは完璧だが、その全身から発せられるオーラは、ただの女子高生のものではない。
「あ、神楽カレンだ……」 「現役高校生にしてAランク冒険者、『紅蓮の魔女』……!」 「やべぇ、目つけられたか?」
クラスメイトがざわめく。 神楽カレン。 この学校の生徒会長でありながら、すでに第一線で活躍するトッププロ。 炎魔法の使い手として、若手最強と謳われる有名人だ。 そして、響のクラスメイトでもある。
カレンはカツカツと足音を立てて、響の席の前まで歩いてきた。 そして、ダンッ!と机を両手で叩いた。
「剛田響!」
吊り上がった強気な瞳が、至近距離で響を睨みつける。
「ん? おはよう、神楽さん。今日も髪赤いね」 「当たり前でしょ地毛よ! ……じゃなくて!」
カレンは顔を赤くして叫んだあと、コホンと咳払いをして、スマホの画面を突きつけた。
「この動画! あなたなんでしょ!?」 「うん、俺だね。写りいいなー」
「とぼけないで! スチールゴーレムを魔法なしで倒すなんて、物理的にありえないわ! Aランクの私だって、高火力魔法を何発も撃ち込んでやっと倒せる相手なのよ!?」
彼女の剣幕に、周囲が息を飲む。 エリート街道を突き進む彼女にとって、無名の、しかも「魔法も使えない」同級生が、自分以上の戦果を上げたことが信じられないのだ。
「トリックなんでしょ? 特殊な魔道具を使ったとか、事前に弱らせておいたとか……正直に言いなさいよ!」
カレンが詰め寄る。 しかし、響はニコニコしながら答えた。
「いや? ただ殴っただけだけど」 「嘘よ! 人間の筋肉だけで鉄が切れるわけないじゃない!」
「切れたんだから仕方ないじゃん。神楽さんもやってみたら? 意外といけるよ」 「いけるわけないでしょバカァ!!」
カレンは地団駄を踏んだ。 彼女は努力家だ。才能におごらず、血の滲むような修行をしてAランクに上り詰めた。 だからこそ、響の「軽さ」が許せなかった。
「……わかったわ。そこまで言うなら、証明してもらうわよ」
カレンは不敵な笑みを浮かべ、響の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。 素早い動き。一般人なら反応できない速度だ。
しかし。
パシッ。
カレンの手首は、響の指によって優しく、しかし確実に掴まれていた。
「え……?」
カレンが目を見開く。 動かない。 まるで万力で固定されたかのように、ピクリとも動かないのだ。 魔法による身体強化もしていないはずなのに。
「神楽さん、学校で暴力はダメだよ? 先生に怒られちゃう」 「っ……!?」
響の手から伝わる熱と、底知れない「硬度」。 カレンは本能で悟ってしまった。
カレンはパッと手を振りほどき、数歩後ろに下がった。 顔が、髪の色と同じくらい真っ赤になっている。
「わ、わかったわよ! とりあえず認めてあげるわ!」
彼女は指をビシッと響に突きつけた。
「でも! 私はまだ負けたと思ってないからね! あんたが本当に最強か、私がこの目で監視してあげるわ! だ、だから……!」
彼女は視線を泳がせ、モジモジと言い淀んだ。
「……次の休みの日、一緒にダンジョンに入ってあげるわよ。感謝しなさい!」
「えー、俺、休みの日はシズクちゃんと約束が……」 「う、うるさいうるさいうるさい! 私のほうがランク上なんだから、私の言うことを聞きなさいよ! バカ!」
言い捨てて、カレンは自分の席へと逃げるように去っていった。 教室には、ポカーンとした空気が残される。
「……あれって」 「ツンデレだ」
クラスメイトたちがヒソヒソと囁き合う中、響だけが不思議そうに首を傾げていた。
「なんで怒られたんだろ? あ、もしかして神楽さんもオムライス食べたかったのかな?」
「お前なぁ……」
友人の田中が深い溜息をつく。




