表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/17

第3話 胃袋を掴まれる

「お……お邪魔します……」


シズクは緊張でガチガチになりながら、玄関の敷居をまたいだ。 案内されたのは、ダンジョンのある街の一角に建つ、築30年の木造アパート『ひまわり荘』。 ここが、あのオーガを一撃で粉砕した男、剛田響の城だ。


「散らかってるけど、適当に座ってて!」


響はジャージのまま、部屋の真ん中にあるちゃぶ台を片付ける。 部屋は驚くほど普通だ。いや、むしろ質素だ。 壁には『筋肉カレンダー』が貼られ、部屋の隅にはダンベル代わりの古タイヤ(トラック用)が置かれている以外は、どこにでもある独身男性の部屋だった。


「じゃあ、約束通りキッチン借りますね」 「おう! 頼んだ! 卵、残りの1個しかないけど大丈夫?」 「はい、私の手持ちの食材も使うので任せてください!」


シズクはリュックからエプロンを取り出し、髪をキュッと結び直した。 今日のメニューは、リベンジの『特製デミグラスオムライス』だ。


(響さん、命の恩人……。絶対に美味しいものを食べてもらわなきゃ!)


トントン、ジュワー。 狭いキッチンに、リズミカルな包丁の音と、バターの香ばしい匂いが広がる。 響はちゃぶ台に頬杖をつき、その背中をキラキラした目で見つめていた。


「すげぇ……魔法みたいだ」 「ふふ、料理スキルは持ってませんけど、自炊歴は長いので」


数十分後。


「お待たせしました!」


ちゃぶ台の上に置かれたのは、黄金色に輝く半熟卵が乗ったオムライス。 スプーンを入れると、卵がトロリと崩れ、中のチキンライスと絡み合う。


「い、いただきます!!」


響はスプーンを口に運んだ瞬間、カッと目を見開いた。


「――っ!! うっま!!!」


ガツガツと豪快にかき込む響。 その食べっぷりの良さに、シズクの胸が温かくなる。 前のパーティでは『料理係』もやらされていたが、いつも「味が薄い」「肉が安い」と文句ばかり言われていたからだ。


「こんな美味いもん食ったの久しぶりだ……! シズクちゃん、天才?」 「そ、そんな……お口に合ってよかったです」


完食までわずか3分。 響は満足げに腹をさすり、幸せそうな溜息をついた。


「ふぅー、生き返った。ありがとうシズクちゃん」 「いえ! 助けていただいたお礼ですから!」


シズクはお茶を淹れ直すと、少し居住まいを正した。 ここからが本題だ。心臓の鼓動が早くなる。


「あの、響さん。ご相談があるんです」 「ん? なになに?」


シズクはスマホを取り出し、自分の配信チャンネルの管理画面を見せた。


「これ、今の私のチャンネル登録者数なんですけど……」 「いち、じゅう、ひゃく……えっ、50万人!?」


響が素っ頓狂な声を上げる。 昨日まで1万人だった登録者が、あの一件で爆発的に増えていたのだ。 SNSのトレンドは『ジャージの男』『素手ニキ』『卵の人』といったワードで埋め尽くされている。


「すごいじゃん! シズクちゃん、有名人だな!」 「ち、違うんです! 皆、私じゃなくて響さんを見たくて登録したんです!」


シズクは身を乗り出した。


「コメント欄も、SNSのDMも、『あの男は何者だ』『次はいつ出るんだ』って問い合わせが殺到してて……。それに、勝手に配信に映してしまったこと、ちゃんと説明して謝罪もしなきゃいけないと思ってて……」


「ふむふむ」


「だ、だから……その……!」


シズクは深呼吸をして、頭を下げた。


「もしよろしければ、私と『コラボ配信』をしてくれませんか!?」


沈黙が落ちる。 シズクはギュッとスカートを握りしめた。 彼は一般人だ。顔出しのリスクもあるし、断られて当然だ。 それでも、彼ともう少し関わりたい。 この不思議な安心感のある人と、縁を切りたくないという下心もあった。


「コラボって、またダンジョン行くの?」 「は、はい! 響さんの都合の良い時で構いません! 報酬もお支払いします! 配信の収益、全部お渡ししてもいいくらいで……」


響は天井を見上げ、少し考え込んだ後――ニカっと笑った。


「いいよ」


「……えっ?」 「やるやる。コラボ」


あっさりとした返事に、シズクが拍子抜けする。


「い、いいんですか? 顔とか出ちゃいますし、有名になると面倒なことも……」 「んー、まあ悪いことしたわけじゃないし? それにさ」


響は空になったオムライスの皿を指差した。


「コラボしたら、またその美味い飯、作ってくれる?」


「え……?」 「俺、食べるのは好きなんだけど作るの苦手でさー。ダンジョンで運動した後に、シズクちゃんの飯が食えるなら、俺にとっては最高の条件なんだけど!」


「ご飯……ですか?」 「うん。ダメ?」


きょとんとする響を見て、シズクは力が抜けてしまった。 富でも名声でもなく、ただの「ご飯」。 それがこの人にとっての最重要事項なのだ。


シズクの顔に、自然と笑みがこぼれる。


「ふふっ、わかりました。響さんが『もういらない』って言うまで、何回でも作ります!」 「やった! 契約成立だね!」


響が無邪気に手を差し出す。 シズクはその大きく温かい手を、両手で握り返した。


「はいっ! よろしくお願いします、パートナー!」


こうして、現代最強の「物理」と、最強の「胃袋」を持つ男、剛田響が、 配信者デビューすることが決定した。


翌日、D-Live 予告枠


【重大発表】卵のお兄さんとコラボ決定!【シズクch】


名無しさん:キタァァァァァァァ!!!! kuma:マジかよwww 武器マニア:人類最強の一般人が降臨するぞ アンチ:どうせ合成だろ、暴いてやるよ シズク親衛隊:シズクちゃん、なんか楽しそうだな


世間がざわめく中、響は今日も今日とて、 「コラボって何すればいいんだ? とりあえず、スクワット1万回とか見せればいいのかな?」 と、明後日の方向へやる気を見せていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ