第2話 悪い子にはお仕置きが必要です
《D-Live コメント欄》
名無しさん:速すぎワロタ kuma:景色が溶けてるんですが シズク親衛隊:シズクちゃん、生きてるかー? 武器マニア:この速度で走って卵が割れない身体操作どうなってんの
「と、と、と……止まってぇぇぇぇ!!!」
私の絶叫がこだまする中、響さんはキュッとスニーカーを鳴らして急停止した。 そこはもう、ダンジョンの1階層にある広場。 出口ゲートの手前だ。
「ふぅ、いい運動になった! 5分くらいかな? シズクちゃん、大丈夫?」 「め、目が回るぅ……」
彼が私を背中から下ろしてくれる。 足元がフラフラするけれど、なんとか立っていられた。生きて帰ってこれたのだ。
その時だった。
「――は? 生きてんの?」
聞き覚えのある、不快な声が耳に入ってきた。 広場のベンチで休憩していた3人組。 私を囮にして逃げた元パーティメンバー、リーダーの魔法使いレンたちだった。
「げっ、マジかよ。オーガの餌になったんじゃなかったのか?」 「しぶとい女だなぁ。……あ、もしかして金返せとか言いに来たわけ?」
3人はニヤニヤしながら近づいてくる。 周囲の探索者たちも何事かと注目し始めた。 カメラはまだ回っている。コメント欄が怒りで加速するのが見えた。
「レンさん……どうして、私を置いていったんですか……!」
勇気を振り絞って問う私に、レンは嘲るように鼻を鳴らした。
「はぁ? MP切れの無能を守って全滅したら意味ねーだろ? 感謝しろよ、俺たちが逃げたおかげでパーティの資産は守られたんだからさ」 「そ、そんな……」
あまりの言い草に言葉が出ない。 すると、私の横からスッと響さんが前に出た。
「あのさー、君たち」
響さんは、まるで近所の子供に話しかけるような気安いトーンで言った。 右手にはまだ、卵入りのビニール袋を持っている。
「友達を置いてけぼりにしちゃダメだろ? 謝ったほうがいいよ」
「あぁ? 誰だテメェ。部外者が口出しすんな」
レンの後ろにいた、大柄な戦士が威圧的に前に出る。 全身を金属鎧で固めたBランクの前衛職だ。
「おいおい、俺たちはこれから打ち上げなんだよ。邪魔すっと怪我するぜ? ジャージの兄ちゃん」
戦士が脅し文句と共に、私の肩を乱暴に掴もうとした――その瞬間。
パァン!!
乾いた音が響き、戦士の体がコマのようにクルクルと回転した。
「え?」
戦士は目を回し、そのまま地面にドサッと倒れ込んだ。
「あ、ごめん。つい手が出ちゃった」
響さんは不思議そうに自分の手を見つめている。 私には見えた。響さんが、戦士が手を伸ばした瞬間に、とてつもない速さで**「デコピン」**をしたのを。
「なっ……! テメェ、何しやがる!!」
残った盗賊の男が、短剣を抜いて響さんの背後に回り込む。 速い。目にも止まらぬ神速のスキル『アクセルステップ』だ。
「死ねぇ!!」
「危ないっ!!」
私が叫ぶより早く、響さんは後ろも見ずにヒョイっと足を小さく出した。
ズシャァァァァッ!!!
「ぐべぇっ!!!」
盗賊の男は派手に足が引っかかり、顔面から石畳の床にスライディングした。 見事な顔面ブレーキだ。
「廊下を走っちゃいけませんって、学校で習わなかった?」
響さんはニコニコしている。 悪意がない。だからこそ、恐ろしい。
「く、くそっ! なんだお前は!!」
リーダーのレンが顔を引きつらせ、杖を構える。 先端に赤い魔力が収束していく。あれは、上級火魔法『フレイム・ランス』!
「ここで魔法!? 周りに人がいるのに!」 「知るかよ! 灰になれぇぇ!!」
放たれた炎の槍が、響さんに直撃する――と思われた。
「火遊びは危ないよー」
響さんは、飛んでくる炎の槍を、まるで蚊を払うように素手で「パシッ」と叩き落とした。
ジュッ……。
魔法は物理的な平手打ちによってかき消され、小さな煙となって消えた。
「は……? 魔法を、素手で……?」
レンが腰を抜かしてへたり込む。 響さんはゆっくりとレンに近づき、しゃがみ込んだ。 そして、優しく肩に手を置く。
「仲間外れはよくないし、人に向けて危ないものを投げちゃダメだ。……わかるよね?」
響さんの手から、ミシッ……と音が聞こえた気がした。 握力計を振り切るような「教育的指導」の重み。
「ひぃぃっ!! わ、わかった! 悪かった! 謝る! 謝るからぁ!!」
レンは涙目になって土下座した。 圧倒的な暴力……いや、実力差の前には、プライドも何もないようだった。
「そこまでだ!」
タイミングを見計らったように、警笛の音と共にダンジョン警察の部隊が駆けつけてきた。
「騒ぎの通報があった! 武器使用の制限区域で何をしている!」
レンは助かったとばかりに警官にすがりつく。
「け、警察だ! こいつらが襲ってきたんだ! 俺たちは被害者だ!!」
「えっ……」
嘘をつくレン。 しかし、その場にいた全員――私、野次馬、そして画面の向こうの視聴者が知っていた。
《D-Live コメント欄》
名無しさん:嘘乙 kuma:全部録画してまーす^^ シズク親衛隊:殺人未遂の証拠バッチリです 武器マニア:警察さん、この配信アーカイブ見てください
「あー、全部配信されてるみたいだね」
響さんが私のスマホを指差す。 駆けつけた警官の一人が、私の配信画面を確認し、厳しい表情でレンたちに向き直った。
「『探索者法』違反、および『殺人未遂』の容疑で署まで同行願おうか。オーガへの囮行為も、映像に残っているぞ」
「そ、そんな……う、嘘だぁぁぁぁ!!!」
手錠をかけられ、ズルズルと連行されていく3人。 その背中に向かって、周囲の探索者たちからは「ざまぁみろ」「最低だな」という声が浴びせられた。
騒動が収束し、私は改めて響さんに向き直った。
「あの、響さん……本当に、何から何までありがとうございました! 命の恩人です!」
深々と頭を下げる。 どれだけ感謝しても足りない。 彼は、私のヒーローだ。
「いいっていいって。あ、それよりさ……」
響さんは、深刻そうな顔でビニール袋の中を覗き込んだ。
「やっぱ卵、一個割れてたわ……ショック」
「え?」
「今日のオムライス、卵2個の予定だったのに……1個じゃ半熟ふわとろにならないじゃん……」
地面に転がる凶悪な犯罪者たちよりも、割れた卵一つを悲しむ最強の男。 私は思わず、吹き出してしまった。
「ふふっ……あはははっ!」 「えっ、なんで笑うのシズクちゃん!?」 「ご、ごめんなさい! あの、お礼に私が夕飯ご馳走します! ふわとろオムライス、作りますから!」
「え! マジで!? やったー!」
無邪気に喜ぶ響さん。 夕日に照らされた彼の笑顔を見ながら、私は今日が「最悪の日」から「最高の日」に変わったことを確信していた。
そして、この配信の切り抜き動画がSNSで拡散され、 **『卵のために魔法を素手で消す男』**として、彼は世界中から注目されることになった。




