第19話 1時間の世界平和
数日後。
世界は、奇妙な静寂と、爆発的な熱狂に包まれていた。 剛田響が昼休みに行った「40分の世界散歩」。 それがもたらした結果は、歴史の教科書を数ページ書き換えるほどのものだった。
《D-Live 配信中:【緊急特番】世界を救った彼について語ります》
同接数:1000万人
登録者数:5億人突破
国連公式アカウント:我々は全面的に支持します。
アメリカ大統領:Nice Goda.
魔王軍(仮):もう地球征服あきらめます。
「えっと……みなさん、こんにちは。シズクです」
画面の中のシズクは、引きつった笑顔を浮かべていた。 背景には、各国の国旗と感謝状が山のように積まれている。もはや一介の配信者ではない。「世界の歌姫」ならぬ「救世主の巫女」扱いだ。
「響さんの……あ、いえ、『剛田様』の活躍により、世界中の紛争地域で停戦協定が結ばれました。理由は『もし戦争なんてしてたら、あの高校生に掃除(物理)されるから』だそうです……」
そう。 核兵器よりも恐ろしい抑止力、「剛田響」の存在が証明されたことで、世界は強制的に平和になってしまったのだ。
誰かが争いを始めようとすれば、「お前、剛田に言いつけるぞ」の一言で沈静化する。 これを世間は**『1時間の世界平和』**と呼んだ。
***
高校・3年B組。
「はぁ……」
そんな世界の騒ぎをよそに、響は机に突っ伏して深いため息をついていた。
「どうしたんだよ剛田。世界を救った英雄が、この世の終わりみたいな顔して」
友人の田中が声をかける。 クラスメイトたちは、以前は響を「遠い存在」として見ていたが、逆に遠すぎて一周回ったのか、「俺達の剛田」として妙に馴染んでいた。 神棚のように響の机に手を合わせる生徒もいるが。
「だってさぁ、田中」
響が顔を上げる。
「購買の『いちご牛乳』、まだ入荷未定なんだって」 「……は?」 「物流が混乱してるらしくてさ。俺、あれがないと午後の授業で眠くなるのに……」
「お前の悩み、平和すぎないか!?」
田中がツッコミを入れる。 世界平和よりもいちご牛乳。このブレなさが、逆にクラスの空気を和ませていた。
そこへ、カレンが教室に入ってきた。 彼女の表情は疲労困憊そのものだった。
「……ちょっと、剛田」 「ん? お疲れカレンちゃん。目の下クマできてるよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ……!」
カレンはドサッと響の前の席に座り込んだ。
「ギルド連盟と政府の対応で、連日徹夜よ。各国のエージェントが『剛田響に会わせろ』『DNAを提供しろ』って殺到してくるんだから……」
「へー、人気者は辛いね」 「あんたの盾になってるのよ私は! ……感謝しなさいよね」
カレンは文句を言いながらも、響の机に「いちごオレ(紙パック)」を置いた。
「えっ」 「……購買にはなかったけど、私のコネでメーカーから直走させたわ。飲みなさいよ」
「カレンちゃん!!!」
響の目が輝く。 彼はストローを刺すと、一気に飲み干し、至福の表情を浮かべた。
「生き返ったー! ありがとうカレンちゃん! やっぱカレンちゃんは女神様だなぁ!」 「め、女神って……大げさよバカ……」
カレンが顔を赤くして俯く。 教室の隅で、田中たちが「爆発しろ」と小声で囁いた。
***
放課後。
響がカレンと一緒に下校しようとすると、校門の前に黒山の人だかりができていた。 マスコミ、ファン、そして――。
「オヤジィィィッ!! ご無事ですかァァッ!!」
剛田組の500人が、校門前で土下座ロードを作っていた。 彼らは全員、新品の高級スーツに身を包んでいる。
「お、みんな。いい服着てるね」
「ヘイッ! 世界平和の恩恵で、我々の『警備事業(元マフィアによる治安維持)』が世界展開しまして! 剛田組は今やグローバル企業です!」
「あと、ボブの旦那から『ホワイトハウスへの直通電話』を受け取ってきました!」
若頭が差し出したのは、金色のスマホ。 短縮ダイヤル1番には『大統領』と登録されている。
「いらないよそんなの。間違えてかけたらピザの注文とかしちゃうし」 「さすがオヤジ! 国家元首すらパシリ扱い! 痺れます!」
響はスマホを丁重にお断りし、カレンと共に帰路につく。 夕焼けの商店街。 いつもと変わらない景色だが、すれ違う人々は皆、響に笑顔で会釈をしていく。 八百屋のおじさんがリンゴをくれたり、子供たちが手を振ったり。
「……ねえ、剛田」 「ん?」
カレンが隣を歩きながら、ぽつりと呟いた。
「世界は変わっちゃったけど……あんたは変わらないわね」 「そうかな? 俺も変わったよ」
「えっ、どこが?」 「最近、寝る前にストレッチするようになった。体が柔らかいと、怪我しにくいらしいからね」
「……ふふっ、そう」
カレンは可笑しそうに笑った。 世界最強の男が、怪我を心配する。 その矛盾と平和さが、彼女には心地よかった。
「ずっと……そのままでいてね」 「? もちろん。あ、明日の朝練、カレンちゃんも来る?」 「行くわよ。ボブも来日してるし、またトラック引き競争でもしましょうか」
平和な会話。 二人の影が重なり、幸せな時間が流れていく。
しかし。 彼らは気づいていなかった。 その背後、商店街の電柱の影から、じっと響を見つめる**「異質な視線」**があることに。
「……見つけた。観測対象、剛田響」
無機質な声。 そこに立っていたのは、響たちと同じ高校の制服を着た、小柄な少女だった。 銀色の髪に、感情のない赤い瞳。 その手には、見たこともない形状のデバイスが握られている。
「解析不能のエネルギー値。……修正が必要ね」
少女の姿が、ノイズのように揺らぎ、ふっと消えた。
世界を救った響に迫る、新たな「日常の脅威」。 それはモンスターでも軍隊でもなく、隣の席に座るかもしれない存在。
翌日、ホームルームの時間。 担任教師が、少し緊張した面持ちで教室に入ってきた。
「えー、みんな席につけ。今日は転校生を紹介する」
最強の高校生の前に現れるのは、敵か、味方か、それとも――?
一旦ここまでにします。
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