第18話 ランチタイムが終わる前に、世界を救ってきます
某月某日。昼休み。
「キーンコーンカーンコーン……」
チャイムの音が鳴り響くと同時に、3年B組の教室は活気づいた。 待望のランチタイムだ。 響は机の中から、楽しみにしていた『特製唐揚げ弁当(大盛り)』を取り出した。
「ふふふ……今日の唐揚げは、昨晩から醤油ダレに漬け込んだ自信作だぞ」
箸を割り、いただきますをしようとした――その瞬間だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!
不気味なサイレンが、校内……いや、街全体に響き渡った。 スマホが一斉に鳴り出し、教室のテレビが自動的に緊急ニュースに切り替わる。
『緊急報道番組です! 只今、世界各地のダンジョンが一斉に活性化! 魔物が溢れ出す「オーバーフロー」が発生しました!』
画面には、ニューヨーク、パリ、ロンドン、北京……世界中の主要都市が、巨大なモンスターに蹂躙される映像が映し出されていた。 自由の女神に巻き付く大蛇。エッフェル塔をへし折る巨人。 かつてない規模の、世界的パニックだ。
「嘘……『世界同時多発オーバーフロー』……!?」
カレンが青ざめた顔で立ち上がる。 彼女のスマホには、父親である厳十郎からの緊急招集メールが届いていた。
「剛田! ランチなんて食べてる場合じゃないわよ! 日本のダンジョンからも魔物が出てくるかもしれないわ!」 「えぇ……せっかくの唐揚げが冷めちゃうよ……」
響が不満げに箸を置く。 その時、校内放送が入った。
『生徒の皆さんに連絡します。現在、国家非常事態宣言が発令されました。これに伴い、**本日の食堂および購買部の営業は中止します。**繰り返します――』
「……は?」
響の動きが止まった。
「営業中止……? つまり、購買の『焼きそばパン』も……『いちご牛乳』も……買えないってこと?」
「当たり前でしょ! 世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なのよ!?」
カレンのツッコミも、今の響には届かない。 彼の目から、ハイライトが消えた。 唐揚げ弁当はある。しかし、彼の完璧なランチプランには、購買の『いちご牛乳』が不可欠だったのだ。 それが、魔物のせいで奪われた。
響は静かに立ち上がり、窓を開けた。
「……カレンちゃん」 「えっ?」
「俺、ちょっと行ってくる」 「行ってくるって、どこへ!?」
響は屈伸運動をしながら、空を見上げた。
「とりあえず、騒がしいのを全部黙らせてくる。昼休みが終わるまでに戻るから」
「はぁ!? 世界中によ!? 無理よ、物理的に時間が……!」
「大丈夫。ちょっと**『早歩き』**で行くから」
ドォォォォォォン!!!!!
爆音。 響が足に力を入れた瞬間、校庭の砂が津波のように舞い上がった。 そして、彼の姿はすでにそこにはなかった。 残されたのは、衝撃波で割れた窓ガラスと、空に一直線に伸びる「雲の切れ間」だけだった。
***
アメリカ・ニューヨーク。
「Shit! 数が多すぎる!」
タイムズスクエアは地獄と化していた。 Sランク冒険者ボブ・ミラー率いる米軍部隊が応戦しているが、地下から湧き出る『ギガント・スパイダー』の群れに押されている。
「くそっ、Master(師匠)がいれば……!」
ボブが瓦礫の下で歯噛みした、その時だ。
ヒュンッ!!
空から何かが降ってきた。 隕石ではない。ジャージ姿の日本人高校生だ。
「やあボブ! 元気?」
「Master!?」
響は着地と同時に、周囲のスパイダーたちに向けて**「足払い」**を放った。
ズバァァァァァン!!
ただの足払いが、カマイタチのような真空波を生み出し、半径1キロ以内のスパイダーの足をすべて切断した。
「ごめんね、急いでるんだ。これ、差し入れ!」
響はボブに、ポケットから出した『きび団子(駄菓子)』を投げ渡した。
「えっ、あ、サンキュー……?」 「じゃ、次行くね!」
ドォン!
響はマンハッタンのビルを足場に、大西洋の彼方へと跳躍した。 滞在時間、10秒。 残された米軍は、動かなくなった蜘蛛の山を見て呆然としていた。
***
フランス・パリ。
「凱旋門が……!」
石造りの巨兵『ガーゴイル・ロード』が、歴史的建造物を破壊しようと拳を振り上げていた。 現地の騎士団も全滅寸前。 万事休すかと思われた瞬間。
「そこ、通行の邪魔!」
バギィッ!!
空の彼方から飛来した響が、飛び蹴りの姿勢のままガーゴイルを貫通した。 石兵は粉々に砕け散り、響はそのままエッフェル塔の先端を蹴って、東へと加速した。
「メルシー……?」 パリ市民は、一瞬だけ見えた「緑色の流星」に祈りを捧げた。
***
エジプト・カイロ。
ピラミッドの上で暴れる『スフィンクス・カイザー』。 響は通りすがりに、その頭を「いい子いい子」と撫でた(数千トンの圧力で)。 スフィンクスは白目を剥いて砂漠に沈んだ。
中国・北京。 ブラジル・リオデジャネイロ。 南極大陸。
世界中のSランク指定区域が、次々と鎮圧されていく。 各国の衛星モニターには、地球上をジグザグに移動する「超高速の熱源」が映し出されていた。
『速度、マッハ20を突破! 測定不能!』 『なんだこれは!? ミサイルか!?』 『いえ、画像解析の結果……スーパーの袋を持った高校生です!!』
世界中の首脳が頭を抱えた。
***
日本。
「……嘘でしょ」
カレンは教室のテレビで、その様子を見ていた。 シズクが慌てて開始した配信には、世界中のニュース映像がザッピングされ、響の活躍(という名の散歩)がリアルタイムで流れている。
《D-Live コメント欄》
名無しさん:地球防衛軍・剛田
kuma:昼休みに世界一周する高校生
武器マニア:移動の衝撃波だけで天候が変わってるぞ
アンチ:もう神として崇めるしかない
「あと5分で予鈴が鳴るわよ……本当に戻ってくる気?」
カレンが時計を見る。 その時、空から「ヒュルルルル……」という音が聞こえた。
ズダァァァァン!!
校庭のど真ん中に、土煙が上がる。 風圧で桜の木が揺れ、教室のカーテンがバタバタと暴れる。
「ふぅ……ただいま」
窓枠に手をかけ、響が教室に戻ってきた。 ジャージは少し煤けているが、怪我ひとつない。 手には、各国の「お土産」が抱えられていた。
「ニューヨークのホットドッグ、パリのクロワッサン、あと中国の肉まん。いちご牛乳は買えなかったけど、これなら文句ないでしょ?」
響は息一つ切らさず、カレンと田中の机に土産を置いた。
「……」
クラス中が静まり返る。 テレビでは『世界同時多発オーバーフロー、謎の光によって鎮圧!』という速報が流れている。
キーンコーンカーンコーン……。
予鈴が鳴った。
「あ、やばい。早くお弁当食べないと」
響は何事もなかったかのように席に座り、冷めかけた唐揚げ弁当を開いた。
「いっただきまーす!」
カレンは震える手で、渡された熱々の肉まんを握りしめた。 マッハで空輸された肉まんは、まだ湯気を立てている。
「……あんたねぇ」 「ん? なにカレンちゃん?」 「……バカ。ありがと」
カレンは小さく呟くと、肉まんにかぶりついた。 その目には、呆れと、尊敬と、そして隠しきれない好意が宿っていた。
こうして、世界を揺るがした大事件は、剛田響の「ちょっとコンビニ行ってくる」感覚の外出によって、わずか40分で解決した。
この日を境に、剛田響の名前は、教科書の歴史ページに「生ける伝説」として刻まれることになったのだが――。
本人は、「5限目の体育、ダルいなぁ」とあくびをしているだけであった。




