表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

第17話 最強ギルド会長の襲来

高校・学園祭当日。


「いらっしゃいませー! Sランク和牛のすき焼き、今なら待ち時間ゼロですよー!」


校庭の一角に設置された特設テントから、食欲をそそる甘辛い香りが漂っていた。 3年B組の模擬店『究極すき焼きカフェ』は大盛況だった。


市場価格なら一皿数十万円はする『グランド・バイソン』の肉が、学園祭価格のワンコイン(500円)で食べられるのだ。行列が校門まで続くほどの人気ぶりだ。


「おい剛田! 肉の追加が追いつかねぇぞ!?」 「大丈夫だ田中! 俺が切る!」


厨房では、割烹着を着た響が神速で包丁を振るっていた。 まな板の上にある巨大な肉塊が、目にも止まらぬ速さで美しい薄切り肉へと変わっていく。 その手際は、職人歴30年の板前すら裸足で逃げ出すレベルだ。


「はい、お待たせしました! 特製すき焼き定食です!」


ホールでは、クラスの女子たちがメイド服や執事服で接客をしていたが、一番の注目を集めていたのはやはり彼女だった。


「ほら、食券出しなさいよ。……べ、別にアンタのために運んだんじゃないからね! 列が詰まってるから急いだだけよ!」


神楽カレン。 Aランク冒険者であり、学園のアイドル。 彼女の完璧な接客(ツンデレ風味)を目当てに、多くの男子生徒やファンが詰めかけていた。


平和な学園祭。 クラスメイトたちが一丸となって売上を伸ばす、青春の1ページ。 しかし、その空気は一人の男の足音によって凍りついた。


ズシッ……ズシッ……。


重厚なプレッシャー。 行列に並んでいた客たちが、本能的な恐怖を感じて道を開ける。 現れたのは、和装に身を包んだ白髪の巨漢。 眼光は鋭く、全身から歴戦の猛者だけが持つ覇気を放っている。


「……ここか」


男が足を止めると、周囲の気温が数度下がった気がした。


「お、おい……あれって……」 「冒険者ギルド連盟の総帥、神楽厳十郎だ……!」 「なんでこんな所に!?」


ざわめきが広がる中、接客中のカレンが青ざめた顔でトレイを取り落とした。


「お、お父様……!?」


「カレン。学校行事を楽しんでいるようだな」


厳十郎は娘に一瞥もくれず、厨房の奥で肉を切っている響をロックオンした。


「貴様が剛田響か」 「ん? いらっしゃいませー! お一人様ですか?」


響は鍋を振りながら、爽やかに振り返った。 相手が誰であろうと、彼にとっては「お腹を空かせたお客様」だ。


「ふん。噂通りの間の抜けた顔だ。……単刀直入に言おう」


厳十郎がテントに入り込む。 その巨体が、狭い厨房を圧迫する。 友人の田中たちは腰を抜かして逃げ出してしまった。


「私は認めんぞ。どこの馬の骨とも知れぬ男に、カレンを……我が神楽家の至宝を預けるわけにはいかん!」


「は?」


響がキョトンとする。


厳十郎は勘違いしていた。 娘のカレンが最近、家で特定の男(響)の話ばかりすること。


そして今日、娘のクラスのために、その男と一緒にSランクモンスターを狩りに行ったこと。 これはもう、「結婚の挨拶」の前段階に違いないと思い込んでいたのだ。


「カレンは次期ギルドマスターだ! その伴侶となる男には、相応の『強さ』と『覚悟』が必要だ!」


厳十郎が構えを取る。 武術『神楽流』の正眼の構え。 達人の殺気が、厨房の空気をビリビリと震わせる。


「私の拳を受けきってみせよ! さもなくば、カレンの前から消え失せろ!」


「ちょ、ちょっとお父様!? 何言ってるのよバカ! ここは学校よ!?」


カレンが止めに入ろうとするが、厳十郎は止まらない。 音もなく踏み込み、響の懐へと滑り込む。


「神楽流奥義・『破山掌はざんしょう』!!」


岩をも砕く掌底が、響の胸板に迫る。 Sランク冒険者ですら即死しかねない一撃。


しかし、響の反応は違った。


(ん? このおじさん、肩にすごい力が入ってるな……)


響には、厳十郎の殺気が見えていなかった。 見えたのは、「ガチガチに凝り固まった肩」と、「血行の悪そうな顔色」だけ。


そして、突き出された掌底を、「親愛の挨拶(ハイタッチ的なもの)」か「肩凝りの訴え」だと解釈した。


「あー、わかりますよ。お父さん、お疲れなんですね?」


響は迫りくる掌底を、持っていた**『菜箸』**で「ヒョイ」といなした。


「なっ……!?」


厳十郎の目が見開かれる。 必殺のタイミングで放った奥義が、たかが菜箸で軌道を逸らされた?


「凝ってますねぇ。立ち仕事ですか?」


響はそのまま流れるように厳十郎の背後に回り込み、その岩のような肩に手を置いた。


「サービスしておきますね。凝りには、ここが効くんですよ」


「き、貴様、何を……ぐぉぉッ!?」


響の指が、厳十郎の肩のツボ(僧帽筋の深層)にめり込んだ。


「はい、リラックスしてー。『おもてなし・指圧』!!」


バキボキィッ!!


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁッ!!!」


断末魔のような悲鳴が学園祭に響き渡る。 響の指圧は、ドラゴンの装甲すら貫通する威力だ。 それが、長年の激務で鋼鉄のように固まっていた厳十郎の凝りを、強引に、かつ徹底的に粉砕していく。


「あ、そこ! そこは……ああああッ!!」


厳十郎の屈強な肉体が、海老反りになる。 激痛。しかし、その奥から湧き上がる、かつてない開放感。


「はい、反対側もー!」


「ま、待て! 私は戦いに来たのであって……ひでぶッ!!」


問答無用。 響は「お客様満足度」を高めることしか考えていない。


「仕上げです! 溜まった毒素を流します!」


響は厳十郎の背中を、手のひらで「パンッ!」と叩いた。


ドォォォォォォン!!!!!


衝撃波が抜け、テントの幕がバタバタと暴れる。 厳十郎の体は、床に敷かれたマットの上に見事に崩れ落ちた。


「ふぅ。だいぶ柔らかくなりましたね」


響は満足げに手を拭いた。 床に伏した厳十郎は、ピクリとも動かない。 しかし、その表情は……至福の笑みを浮かべていた。


「……か、軽い……」


厳十郎が夢遊病のように呟く。


「十年間……私を苦しめてきた四十肩が……消えた……?」


彼はゆっくりと起き上がり、グルグルと腕を回した。 回る。羽のように軽い。 現役時代以上のコンディションだ。


「……見事だ」


厳十郎は、響に向き直り、深々と頭を下げた。


「私の攻撃をいなし、瞬時に体の不調を見抜き、治療までしてみせるとは……。完全なる敗北だ」


「え? いえ、ただのマッサージですけど……」


「謙遜するな! ……剛田響と言ったな。お前ならば、カレンを任せられる」


厳十郎はニカっと笑い、響の手を握りしめた。


「今度、実家に遊びに来い。美味い酒を用意して待っているぞ! ガハハハハ!」


上機嫌になった厳十郎は、「クラス全員に奢ってやろう!」と大量の食券を買い占め、嵐のように去っていった。 残されたのは、呆然とする田中たちと、顔を真っ赤にしたカレンだけだった。


***


放課後。


すき焼きカフェは完売御礼で幕を閉じた。 片付けの最中、カレンがモジモジしながら響に近づいてきた。 周囲のクラスメイトたちは気を利かせて、遠巻きに二人を見守っている。


「……ねえ、剛田」 「ん? なに、神楽さん?」


響がパイプ椅子を畳みながら答える。 カレンは少し俯いて、エプロンの裾を握りしめた。


「その……さっきは、お父様がごめんなさい」 「いいよ別に。いい人だったし。肩凝り治ってよかったね」 「……あんたって、本当にそういうとこよね」


カレンはふっと笑うと、意を決したように顔を上げた。


「あのさ、お願いがあるんだけど」 「お願い?」


「……呼び方」


カレンの頬が、夕焼けのように赤く染まる。


「いつまで『神楽さん』って呼ぶ気? ……あんた、シズクのことは『シズクちゃん』って名前で呼んでるじゃない」


「あー、確かに」


響はポンと手を叩いた。


「……私だけ苗字とか、なんか距離あるみたいで……ヤなのよ。シズクにあって私にないのは、おかしいでしょ」


カレンはそっぽを向きながら、早口で言った。 ツンデレAランク冒険者の、精一杯のデレだ。


「わかった! じゃあ、これからは**『カレンちゃん』**って呼ぶよ」


響は屈託のない笑顔で答えた。


「えっ……『ちゃん』付け……?」


「ダメ? シズクちゃんに合わせてみたんだけど」


「……だ、ダメじゃないけど……! 別に呼び捨てでもよかったのに……!」


カレンは顔を湯気が出るほど赤くして、バシバシと響の背中を叩いた。 もちろん、響にはノーダメージだ。


「痛いよカレンちゃん。またマッサージしようか?」 「バカ! そういうことじゃないのよ!」


夕暮れの教室に、二人の笑い声(と打撃音)が響く。 最強の父親公認となった二人の距離は、この学園祭で確実に縮まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ