第17話 最強ギルド会長の襲来
高校・学園祭当日。
「いらっしゃいませー! Sランク和牛のすき焼き、今なら待ち時間ゼロですよー!」
校庭の一角に設置された特設テントから、食欲をそそる甘辛い香りが漂っていた。 3年B組の模擬店『究極すき焼きカフェ』は大盛況だった。
市場価格なら一皿数十万円はする『グランド・バイソン』の肉が、学園祭価格のワンコイン(500円)で食べられるのだ。行列が校門まで続くほどの人気ぶりだ。
「おい剛田! 肉の追加が追いつかねぇぞ!?」 「大丈夫だ田中! 俺が切る!」
厨房では、割烹着を着た響が神速で包丁を振るっていた。 まな板の上にある巨大な肉塊が、目にも止まらぬ速さで美しい薄切り肉へと変わっていく。 その手際は、職人歴30年の板前すら裸足で逃げ出すレベルだ。
「はい、お待たせしました! 特製すき焼き定食です!」
ホールでは、クラスの女子たちがメイド服や執事服で接客をしていたが、一番の注目を集めていたのはやはり彼女だった。
「ほら、食券出しなさいよ。……べ、別にアンタのために運んだんじゃないからね! 列が詰まってるから急いだだけよ!」
神楽カレン。 Aランク冒険者であり、学園のアイドル。 彼女の完璧な接客(ツンデレ風味)を目当てに、多くの男子生徒やファンが詰めかけていた。
平和な学園祭。 クラスメイトたちが一丸となって売上を伸ばす、青春の1ページ。 しかし、その空気は一人の男の足音によって凍りついた。
ズシッ……ズシッ……。
重厚なプレッシャー。 行列に並んでいた客たちが、本能的な恐怖を感じて道を開ける。 現れたのは、和装に身を包んだ白髪の巨漢。 眼光は鋭く、全身から歴戦の猛者だけが持つ覇気を放っている。
「……ここか」
男が足を止めると、周囲の気温が数度下がった気がした。
「お、おい……あれって……」 「冒険者ギルド連盟の総帥、神楽厳十郎だ……!」 「なんでこんな所に!?」
ざわめきが広がる中、接客中のカレンが青ざめた顔でトレイを取り落とした。
「お、お父様……!?」
「カレン。学校行事を楽しんでいるようだな」
厳十郎は娘に一瞥もくれず、厨房の奥で肉を切っている響をロックオンした。
「貴様が剛田響か」 「ん? いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
響は鍋を振りながら、爽やかに振り返った。 相手が誰であろうと、彼にとっては「お腹を空かせたお客様」だ。
「ふん。噂通りの間の抜けた顔だ。……単刀直入に言おう」
厳十郎がテントに入り込む。 その巨体が、狭い厨房を圧迫する。 友人の田中たちは腰を抜かして逃げ出してしまった。
「私は認めんぞ。どこの馬の骨とも知れぬ男に、カレンを……我が神楽家の至宝を預けるわけにはいかん!」
「は?」
響がキョトンとする。
厳十郎は勘違いしていた。 娘のカレンが最近、家で特定の男(響)の話ばかりすること。
そして今日、娘のクラスのために、その男と一緒にSランクモンスターを狩りに行ったこと。 これはもう、「結婚の挨拶」の前段階に違いないと思い込んでいたのだ。
「カレンは次期ギルドマスターだ! その伴侶となる男には、相応の『強さ』と『覚悟』が必要だ!」
厳十郎が構えを取る。 武術『神楽流』の正眼の構え。 達人の殺気が、厨房の空気をビリビリと震わせる。
「私の拳を受けきってみせよ! さもなくば、カレンの前から消え失せろ!」
「ちょ、ちょっとお父様!? 何言ってるのよバカ! ここは学校よ!?」
カレンが止めに入ろうとするが、厳十郎は止まらない。 音もなく踏み込み、響の懐へと滑り込む。
「神楽流奥義・『破山掌』!!」
岩をも砕く掌底が、響の胸板に迫る。 Sランク冒険者ですら即死しかねない一撃。
しかし、響の反応は違った。
(ん? このおじさん、肩にすごい力が入ってるな……)
響には、厳十郎の殺気が見えていなかった。 見えたのは、「ガチガチに凝り固まった肩」と、「血行の悪そうな顔色」だけ。
そして、突き出された掌底を、「親愛の挨拶(ハイタッチ的なもの)」か「肩凝りの訴え」だと解釈した。
「あー、わかりますよ。お父さん、お疲れなんですね?」
響は迫りくる掌底を、持っていた**『菜箸』**で「ヒョイ」といなした。
「なっ……!?」
厳十郎の目が見開かれる。 必殺のタイミングで放った奥義が、たかが菜箸で軌道を逸らされた?
「凝ってますねぇ。立ち仕事ですか?」
響はそのまま流れるように厳十郎の背後に回り込み、その岩のような肩に手を置いた。
「サービスしておきますね。凝りには、ここが効くんですよ」
「き、貴様、何を……ぐぉぉッ!?」
響の指が、厳十郎の肩のツボ(僧帽筋の深層)にめり込んだ。
「はい、リラックスしてー。『おもてなし・指圧』!!」
バキボキィッ!!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁッ!!!」
断末魔のような悲鳴が学園祭に響き渡る。 響の指圧は、ドラゴンの装甲すら貫通する威力だ。 それが、長年の激務で鋼鉄のように固まっていた厳十郎の凝りを、強引に、かつ徹底的に粉砕していく。
「あ、そこ! そこは……ああああッ!!」
厳十郎の屈強な肉体が、海老反りになる。 激痛。しかし、その奥から湧き上がる、かつてない開放感。
「はい、反対側もー!」
「ま、待て! 私は戦いに来たのであって……ひでぶッ!!」
問答無用。 響は「お客様満足度」を高めることしか考えていない。
「仕上げです! 溜まった毒素を流します!」
響は厳十郎の背中を、手のひらで「パンッ!」と叩いた。
ドォォォォォォン!!!!!
衝撃波が抜け、テントの幕がバタバタと暴れる。 厳十郎の体は、床に敷かれたマットの上に見事に崩れ落ちた。
「ふぅ。だいぶ柔らかくなりましたね」
響は満足げに手を拭いた。 床に伏した厳十郎は、ピクリとも動かない。 しかし、その表情は……至福の笑みを浮かべていた。
「……か、軽い……」
厳十郎が夢遊病のように呟く。
「十年間……私を苦しめてきた四十肩が……消えた……?」
彼はゆっくりと起き上がり、グルグルと腕を回した。 回る。羽のように軽い。 現役時代以上のコンディションだ。
「……見事だ」
厳十郎は、響に向き直り、深々と頭を下げた。
「私の攻撃をいなし、瞬時に体の不調を見抜き、治療までしてみせるとは……。完全なる敗北だ」
「え? いえ、ただのマッサージですけど……」
「謙遜するな! ……剛田響と言ったな。お前ならば、カレンを任せられる」
厳十郎はニカっと笑い、響の手を握りしめた。
「今度、実家に遊びに来い。美味い酒を用意して待っているぞ! ガハハハハ!」
上機嫌になった厳十郎は、「クラス全員に奢ってやろう!」と大量の食券を買い占め、嵐のように去っていった。 残されたのは、呆然とする田中たちと、顔を真っ赤にしたカレンだけだった。
***
放課後。
すき焼きカフェは完売御礼で幕を閉じた。 片付けの最中、カレンがモジモジしながら響に近づいてきた。 周囲のクラスメイトたちは気を利かせて、遠巻きに二人を見守っている。
「……ねえ、剛田」 「ん? なに、神楽さん?」
響がパイプ椅子を畳みながら答える。 カレンは少し俯いて、エプロンの裾を握りしめた。
「その……さっきは、お父様がごめんなさい」 「いいよ別に。いい人だったし。肩凝り治ってよかったね」 「……あんたって、本当にそういうとこよね」
カレンはふっと笑うと、意を決したように顔を上げた。
「あのさ、お願いがあるんだけど」 「お願い?」
「……呼び方」
カレンの頬が、夕焼けのように赤く染まる。
「いつまで『神楽さん』って呼ぶ気? ……あんた、シズクのことは『シズクちゃん』って名前で呼んでるじゃない」
「あー、確かに」
響はポンと手を叩いた。
「……私だけ苗字とか、なんか距離あるみたいで……ヤなのよ。シズクにあって私にないのは、おかしいでしょ」
カレンはそっぽを向きながら、早口で言った。 ツンデレAランク冒険者の、精一杯のデレだ。
「わかった! じゃあ、これからは**『カレンちゃん』**って呼ぶよ」
響は屈託のない笑顔で答えた。
「えっ……『ちゃん』付け……?」
「ダメ? シズクちゃんに合わせてみたんだけど」
「……だ、ダメじゃないけど……! 別に呼び捨てでもよかったのに……!」
カレンは顔を湯気が出るほど赤くして、バシバシと響の背中を叩いた。 もちろん、響にはノーダメージだ。
「痛いよカレンちゃん。またマッサージしようか?」 「バカ! そういうことじゃないのよ!」
夕暮れの教室に、二人の笑い声(と打撃音)が響く。 最強の父親公認となった二人の距離は、この学園祭で確実に縮まっていた。




