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第16話 学園祭の出し物

9月1日。新学期。  長い夏休みが終わり、教室には久しぶりに顔を合わせる生徒たちのざわめきが戻っていた。


「えー、ホームルームを始める。静かに」


担任教師が教卓に立つと、少し言いにくそうに咳払いをした。


「夏休み中に……『海鳴りの洞窟』およびその周辺の岩山が、何らかの強大な物理的衝撃によって消滅するという怪事件が発生しましたが……」


先生の視線が、不自然に泳ぐ。そして、教室の窓際、一番後ろの席へと吸い寄せられる。  それに釣られて、クラスメイト全員の視線も一点に集中した。


「……皆さんは、くれぐれも地形を変えるような真似はしないように」 「(やりたくてもできねぇよ……)」 「(先生、犯人あいつだって分かってるのに言えないんだ……)」


クラス中がヒソヒソとざわめく。  視線の先にいるのは、剛田響。  この夏、世界を救い、Sランク冒険者を弟子にし、ついでに山一つを消し飛ばした張本人だ。


さぞかし堂々としているか、あるいは「あちゃー、バレたか」と笑っているかと思いきや――。


響は、青ざめた顔でガタガタと震えていた。  額からは滝のような冷や汗が流れている。


(や、やばい……夏休みの宿題、『朝顔の観察日記』しか書いてない……!)


彼は机の下で、真っ白なワークブックとドリルを握りしめていた。  世界平和? 地形変動? そんなことは今の彼にとってはどうでもいい。  「今日が提出期限」という絶望的な事実のほうが、アビス・ドラゴンのブレスよりも遥かに恐ろしかったのだ。


(毎日ラジオ体操には行ってたのに! イカ焼き食べて、トラック引いて、スイカ割ってたら夏が終わってた! 計算ドリルが……『因数分解』って何だっけ!?)


「……おい、剛田」


 隣の席の田中が、引きつった顔で小突いてきた。


「お前、山消したこと反省してんのか? 顔色悪いぞ」


「田中……助けてくれ……。『読書感想文』って、あと5分で書けるかな?」


「反省のベクトルが違ったわ」


結局、その日の休み時間にクラスメイトたちの力を借り、響が音速を超えるペンさばきで宿題を終わらせるという、別の意味で伝説的な光景が繰り広げられることとなった。


 ***


そして、季節は巡り――10月某日。


宿題地獄を乗り越え、中間テストも(カレンのスパルタ指導で)赤点を回避した響は、完全復活を遂げていた。  教室の窓からは、秋晴れの空が見える。


「さて、今日の議題は『学園祭の出し物』についてだ!」


放課後のホームルーム。委員長の言葉で、教室の空気が変わった。 冒険者科の生徒たちにとって、学園祭はただの祭りではない。 自分たちの実力やコネをアピールし、将来のスポンサーを見つけるための重要なビジネスチャンスでもあるのだ。


「やっぱり『ダンジョン素材を使ったメイドカフェ』がいいんじゃないか?」 「いや、俺たちが捕獲した魔物を展示する『モンスター動物園』だ!」


活発な議論が交わされる中、響がスッと手を挙げた。


「はい! 俺、やりたいことある!」


クラス中が静まり返る。 あの剛田響の発言だ。きっととんでもないアイデアに違いない。


「俺……**『すき焼き屋』**やりたい」


「「「すき焼き!?」」」


全員がずっこけた。 響は真剣な眼差しで力説する。


「前に食べたアレが忘れられないんだ。みんなにも、あの感動を味わってほしい。最高級の肉と、甘辛い割り下……。それをリーズナブルな価格で提供するんだ!」


「い、いいけどよぉ剛田……」


友人の田中が渋い顔をする。


「お前が言う『最高級』って、A5ランクとかだろ? 予算が足りねーよ。模擬店の予算、一クラス5万円だぞ?」


「えっ、5万円じゃ肉も買えないじゃん……」


響が絶望に打ちひしがれる。 このままでは、夢の「すき焼きカフェ(食べ放題)」が幻となってしまう。 教室に重苦しい空気が流れた、その時。


「――肉なら、私たちが調達しましょうか?」


凛とした声が響いた。 カレンだ。彼女は腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。


「剛田。あんた、忘れてない? 私たちが誰だか」 「えっ、神楽さん?」 「そうよ。Aランク冒険者の私と、あんたの弟子のアメリカ人、そしてあんたのファンクラブ(剛田組)。……自分たちで狩ってくれば、原価はタダよ」


「!!」


響の頭上に電球が灯った。 そうだ。ダンジョンには「美味い肉」が無数に歩いているではないか。


「神楽さん、天才!? よし、決定だ! 俺たちのクラスは『究極の地産地消・すき焼きカフェ』をやるぞー!」


「「「おー!!」」」


クラスメイトたちも盛り上がる。 最強の生徒たちが食材調達に行くのだ。これほど心強いことはない。


***


週末。【北海道・大平原ダンジョン(推奨ランクA)】


「Master! 獲物発見デース!」


ボブの声が響く。 彼はなぜか日本の学生服(特注サイズ)を着て、頭には「剛田」のハチマキを巻いていた。 完全に馴染んでいる。


「でかしたボブ! どんな肉だ?」


響が草むらから顔を出す。 彼らの視線の先には、全長10メートルを超える巨大な牛型の魔物がいた。 全身が霜降り肉のように美しい紅白の模様をしている。


Sランクモンスター、『グランド・バイソン(通称:歩く霜降り肉)』。 その突進は城壁を砕き、その肉は100グラム10万円で取引されるという伝説の食材だ。


「グルルルォォォッ!!」


バイソンが響たちに気づき、地面を蹄で削る。 殺気立った空気が草原を支配する。


「剛田! 気をつけなさい! あいつの角に刺さったら……!」


カレンが杖を構えるが、響はよだれを拭いながら歩み寄った。


「すげぇ……あんなに大きければ、クラス全員分どころか、全校生徒分まかなえるぞ!」


響はスーパーの袋(持参)をガサガサと広げた。


「悪いけど、学園祭のために寄付してくれないかな?」


「ブモォォォォォッ!!!」


バイソンが突進を開始した。 時速200キロ。重戦車のような質量攻撃。 響はそれを避けるどころか、真正面から受け止める構えを取った。


「肉質を柔らかくするには……こう!」


響はバイソンの額に手を添えると、その運動エネルギーを殺さずに、柔道の背負投のように回転させた。 そして、空中で遠心力を加えながら、全身の筋肉に「マッサージ(打撃)」を叩き込む。


ドガガガガガッ!!(高速タッピング音)


「美味しくなーれ! 筋繊維よ、ほどけろー!」


「ブモッ!? ブモモモッ!?」


バイソンは空中で絶叫した。 攻撃されているのではない。 響の神業的な打撃によって、全身の凝りがほぐされ、肉質が極限まで柔らかく熟成(物理)されているのだ。


「仕上げだ! 『熟成・掌底打ち』!!」


ズドォォン!!


響の一撃で、バイソンは安らかな表情で地面に沈んだ。 外傷はゼロ。しかし、その肉は最高の状態に仕上がっている。


「よし! 肉ゲット! ボブ、運搬頼む!」 「Yes! Sir! 今夜の試食会が楽しみデース!」


ボブが軽々とバイソンを担ぎ上げる。 その後ろでは、剛田組の部隊が、ネギやシラタキの代わりになる植物系モンスターを収穫していた。


「……これ、本当に学園祭の準備なの?」


シズクが呆れ顔で呟くが、カレンは満足げだ。 こうして、史上最高額の食材(推定数億円分)をタダで手に入れた響たち。


しかし、彼らは気づいていなかった。 この「規格外の食材調達」が、ある人物の耳に入ってしまったことを。


「……ほう。娘のクラスが、Sランクモンスターを食材にしているだと?」


国内最大の冒険者ギルド本部。 社長室の椅子に深く腰掛けた男が、報告書を見て目を細めた。 神楽厳十郎かぐら げんじゅうろう。 ギルド連盟の総帥であり、カレンの父親。そして、「日本最強」と呼ばれた元Sランク冒険者。


「面白い。娘が入れ込んでいるという『剛田響』……。噂通りの男か、この私が直々に味見をしてやろう」


厳十郎が立ち上がる。 その背後には、鬼のようなオーラが立ち上っていた。


次なる試練は、最強の父親。 学園祭当日、「親子喧嘩ワールドクラス」が勃発する――?


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