第14話 全米最強、来日。
翌朝、AM 5:30。
冒険者の朝は早い。 特に、時差ボケなどという軟弱な概念を持たないエリートにとっては。
河川敷。 朝靄がかかる土手に、一人の男が仁王立ちしていた。
身長2メートル超えの巨躯。星条旗を模した派手なバトルスーツ。 アメリカ合衆国最強のSランク冒険者、コードネーム**『ザ・ビッグ・バン』**こと、ボブ・ミラーだ。
「……ターゲット確認」
ボブのバイザーに、遠くから走ってくる人影がロックオンされる。 昨日のイカ焼きパーティーで満腹になり、少しカロリーを消費しようと早朝ランニングをしている剛田響だ。
「フン。無防備な走りだ。隙だらけにも程がある」
ボブは鼻で笑った。 彼の能力は**『超振動』**。 触れたものすべてを分子レベルで崩壊させる、防御不能の破壊者。 ガイのような単なるパワータイプとはレベルが違う。
「挨拶は抜きだ。この距離から一気に間合いを詰め、心臓を――」
ボブが地面を蹴ろうとした、その時。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
「……ん?」
地鳴り? いや、違う。 響の背後から、何かとてつもない重低音と、土煙が迫ってきている。
「なんだ? 奴は今、一人のはずだが……」
ボブがバイザーのズーム機能を最大にする。 そして、彼は我が目を疑った。
響の腰には、太いロープが巻かれていた。 そのロープの先には――。
**『大型10トンダンプカー(積載量MAX)』**が繋がれていた。
「……は?」
ボブの思考が停止する。 響は涼しい顔でランニングをしている。 だが、その後ろでは、タイヤをロックされた状態の巨大なダンプカーが、ズズズズズと地面を削りながら引きずられていたのだ。
しかも、ダンプの荷台には、剛田組の構成員たちが満載され、メガホンで声援を送っている。
「「「ファイトー! オヤジ! ファイトー! 一発!!」」」 「あー、ちょっと重いかな? でも昨日のイカ焼き分だと思えば軽い軽い!」
響は笑顔で加速する。 ダンプカーがバウンドし、少し浮いた。
「Nooooooo Way……(ありえない……)」
ボブは無意識に英語で呟いていた。 彼は物理学の博士号も持っている。瞬時に計算が脳内を駆け巡る。
10トンの質量。 ロックされたタイヤによる摩擦係数。 さらに土手という悪路の抵抗。 それを「ランニング」の速度で牽引するために必要なエネルギーは――。
(……ジェットエンジン4基分……いや、それ以上か!?)
冷や汗が、滝のようにボブの背中を流れる。 パワーだけではない。 あんな負荷をかければ、普通の人間なら腰の骨が粉砕され、地面を踏みしめる足の筋肉が破裂するはずだ。 だが、響のフォームは美しいほどにブレていない。 呼吸すら乱れていない。
(俺の『超振動』? バカを言え。あんなエネルギーの塊に触れたら、振動させる前に俺の腕が消し飛ぶぞ……!)
戦う前から、勝負は決していた。 ウサギだと思って狩ろうとした相手は、ティラノサウルスですらなかった。 あれは、**『歩く自然災害』**だ。
「おっ、おはようございまーす!」
響がボブの横を通り過ぎざまに、爽やかに挨拶をする。
「ハ、ハロー……」
ボブは反射的に挨拶を返してしまった。 響はそのまま通り過ぎようとし――ふと足を止めた。
キキキキキッ……ドォン!
急停止した響の背中に、慣性で滑ってきたダンプカーが軽く衝突する。 普通なら即死だが、響は「おっと」と背中で受け止めただけだった。
「あれ? あなた、外国の人?」
響がボブの顔を覗き込む。
「あっ、もしかして道に迷った? 観光?」
純粋無垢な瞳。 殺意など微塵もない。 ボブは震える膝を必死に抑え、乾いた唇を開いた。
「……観光、デース」
プライド? 最強の称号? そんなものは、この怪物の前では塵に等しい。 ボブは瞬時に「最強の刺客」から「陽気な外国人観光客」へとジョブチェンジした。
「そっかー! 日本へようこそ! ここ、景色いいでしょ?」
響はニコッと笑うと、腰のロープをグイッと引っ張った。
「俺、これから朝ごはんなんだ。よかったら一緒にどう? 卵かけご飯だけど」
「TKG(卵かけご飯)……?」
ボブの中で、何かが崩れ落ちた。 この男は、自分を殺しに来たかもしれない不審者(フル装備)を、警戒するどころか朝食に誘っている。 その圧倒的な「余裕」。そして「器の大きさ」。
(……負けた。完敗だ)
ボブはゆっくりと、その場に膝をついた。 日本式のお辞儀、土下座の姿勢をとる。
「……Teacher(師匠)。」
「へ?」
「Please! Teach me Strong style! (頼む! 俺に強さを教えてくれ!)」
「えっ、英語わかんないんだけど……。あ、お腹空いて立てないの?」
響は勘違いしたまま、ボブの手を取って立たせた。
「いいよいいよ! 困った時はお互い様だし! うち狭いけど、ご飯くらいならご馳走するよ!」
「Oh……Master Goda……You are BIG BOSS……」
ボブは感動で涙を流した。 こうして、全米最強の男は、響の「トラック引き散歩」を目撃しただけで戦意喪失し、そのまま剛田たちの食卓に加わることになった。
***
30分後。ビーチ付近の旅館。
「ええっ!? アメリカのSランク冒険者が弟子入り!?」
剛田の部屋に入ってきたシズクとカレンが絶叫した。 部屋では、巨大なボブが小さくなって正座し、箸を使って器用に卵かけご飯を食べている。
「Yes。Masterのトラック・トレーニングを見て、私は自分の小ささを知りました」 「美味しいデース! ジャパニーズ・ソウルフード!」
ボブはすっかり馴染んでいた。 響は「おかわりあるよー」と炊飯器を開けている。
「ちょっと剛田……あんたまた変なの拾ってきたの?」 「変なのじゃないよ。ボブさん、いい人だよ。力持ちだし、今度引っ越しのバイト手伝ってもらおうかなって」 「Sランクを引っ越し屋にするな!」
カレンのツッコミが響く中、剛田組の若頭が顔を出した。
「オヤジ! 朗報です! ボブの旦那が『アメリカ支部の設立』を提案してくれました!」 「アメリカ支部?」 「ヘイッ! 剛田組ニューヨーク支店です! これで我々のシマは世界へ広がります!」
「おー、すごいじゃん。じゃあ今度、修学旅行でアメリカ行ったら案内してもらおうかな」
「Yes! Master! ホワイトハウスでもペンタゴンでも、顔パスで案内します!」
ボブが親指を立てる。 シズクは頭を抱えた。
「もう……規模が大きすぎてついていけません……」 「諦めなさいシズク。こいつに関わった時点で、常識なんて捨てなきゃやってられないわよ」
カレンは諦観の笑みを浮かべ、ボブの隣に座った。
「で、ボブ。あんたアメリカからお土産はないわけ?」 「Oh、忘れてマシタ。代わりに、私の必殺技『超振動』で、肩たたきをしマース」 「いらないわよそんな物騒な肩たたき!」
朝の食卓は、いつも以上に賑やかだ。 全米最強の男すらも取り込み、剛田響の日常はさらにカオスへと加速していく。
しかし、夏休みはまだ始まったばかり。 次は「スイカ割り」という名の、地形変動イベントが彼らを待ち受けているのだった。




