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第13話 巨大クラーケン、イカ焼きになる

剛田組による徹底的な「浄化」によって、日本一安全かつ清潔な海となった湘南ビーチ。 そこで響たちは、つかの間の夏休みを満喫していた。


「ぷはぁーっ! 気持ちいい!」


響が海面から顔を出す。 彼はさきほどまで、バタフライで沖合数キロまで往復していた。常人なら心肺停止する距離だが、彼にとっては「ちょっとそこまで」の感覚だ。


「響さん、おかえりなさい! タイムどうでした?」 「うん、ベスト更新! イルカの群れと並走したけど、俺のほうがちょっと速かったかな」


波打ち際で待つシズクに、響が親指を立てる。 イルカと競泳して勝つ高校生。シズクはもう驚かずに、「さすがですね」とスポーツドリンクを手渡した。


「ねえ剛田。あんまり遠くに行かないでよ。沖の方、潮の流れが変わってて危ないらしいわよ」


パラソルの下で優雅にトロピカルジュースを飲んでいたカレンが、サングラス越しに注意する。 彼女は「日焼けはお肌の大敵」と言いつつも、響が海から上がってくる瞬間をチラチラと見ていたのを、シズクは見逃していなかった。


「大丈夫だよ神楽さん。なんか今日は、水がすごく澄んでて底まで見えるし」 「そりゃそうでしょ。あいつらが海底のゴミまで拾ったんだから」


カレンが顎でしゃくった先では、剛田組の男たちがシュノーケルをつけて、まだ海底清掃を続けている。 あまりに平和な光景。 誰もが、このまま楽しい一日が終わると思っていた。


ゴボボボボボボ……ッ!!


突如、沖合の海面が大きく盛り上がった。 不気味な泡と共に、海水が黒く濁り始める。


「な、なんだ!?」 「海底火山か!?」


剛田組の男たちがざわめく中、海を割って「それ」は姿を現した。


『グオオオオオオオオオオオッ!!!』


鼓膜をつんざく咆哮。 現れたのは、高さ30メートルはあろうかという巨大な軟体生物。 無数の太い触手がのたうち回り、その一つ一つに車ほどの大きさの吸盤がついている。 そして、中心には憎悪に満ちた巨大な単眼。


「く、『クラーケン』……!? なんでこんな浅瀬に!?」


カレンが立ち上がり、声を震わせる。 クラーケン。海におけるSランクモンスターの一角。 通常は深海に生息するはずの化け物が、なぜかビーチの目の前に出現したのだ。


「ま、まさか……剛田組が海を綺麗にしすぎたせいで、深海魚にとって住みやすい環境になっちゃったんじゃ……!?」 「そんなバカな理由があるわけないでしょ!?」


シズクの推測にカレンが叫ぶが、あながち間違いではなさそうだった。 クラーケンは、澄み切った海水を嬉しそうに飲み込むと、獲物を求めて長い触手を伸ばした。


ヒュンッ!!


「うわぁぁぁッ!?」


海に入っていた剛田組の若い衆が、触手に絡め取られ、宙吊りにされる。


「テメェ! 離しやがれ!」 「銃だ! 撃て撃てぇ!」


ダダダダダッ!


剛田組の警護班が懐からサブマシンガンを取り出し(なぜ持っているのかはさておき)一斉射撃を行う。 しかし、弾丸はヌルヌルとしたクラーケンの皮膚に弾かれ、傷一つつけられない。


「物理無効……! しかも再生能力持ちよ!」


カレンが杖を構える。


「私がやるわ! 全員、水から上がって!!」


彼女の杖先に、青白い雷撃が収束する。 水属性の敵には雷が特効だ。しかし――。


「ダメですカレンさん! 今撃ったら、捕まっている人たちまで感電しちゃいます!」 「くっ……!」


シズクの悲痛な叫びに、カレンは歯噛みして魔法を霧散させた。 人質を取られている以上、広範囲魔法は使えない。 かといって、単体魔法でこの巨体を削り切るには時間がかかりすぎる。


「グオォッ!」


クラーケンは嘲笑うかのように、さらに数人の男たちを捕らえ、その巨大な口へと運ぼうとした。 絶体絶命。 誰もが諦めかけた、その時だった。


「――おーい、タコさん。いや、イカさんかな?」


能天気な声が、戦場に響いた。


「オ、オヤジ……!?」


宙吊りにされた構成員が見下ろすと、波打ち際に響が立っていた。 彼は、捕まった部下たちを見て怒るわけでも、巨大な怪物に怯えるわけでもない。 ただ、その瞳をキラキラと輝かせ、口元から一筋のよだれを垂らしていた。


「でっか……! すごいぞこれ! 見ろよ神楽さん!」 「な、なによ!?」 「あんなに太いゲソ、見たことある!? 寿司何千貫分だろ!?」


「はぁ……!?」


響の頭の中は、すでに食卓のメニューで埋め尽くされていた。 彼は砂浜に落ちていた「流木(剛田組が拾い集めていたもの)」を一本拾い上げると、ブンブンと素振りをした。


「ちょうどいいや。お昼ごはん、海の家で焼きそば食べようと思ってたけど……予定変更!」


響が姿勢を低くする。 足元の砂浜が、彼の踏み込みに耐えきれず、半径数メートルにわたって陥没した。


「晩御飯は、**『イカ焼き』**だぁぁぁッ!!」


ドォォォォンッ!!


響の姿が消えた。 次の瞬間、彼はすでにクラーケンの頭上、遥か上空に飛んでいた。


「調理開始!」


響は手に持った流木を、まるで名刀のように構え、高速で振り抜いた。


ザンッ!!


ザザザザザザザッ!!!!


目にも止まらぬ剣速……いや、棒速。 ただの流木が、響の腕力と速度によって、名刀をも凌駕する切れ味を発揮する。 空中で無数の斬撃が走り、クラーケンの巨体を包み込んだ。


「グ……ギ……?」


クラーケンは、自分が何をされたのか理解できなかっただろう。 人質となっていた構成員たちが、ふわりと空中に放り出され、海面へと落下する(シズクがとっさに魔法のクッションで受け止めた)。


そして、残されたクラーケンの本体は――。


ボトボトボトボトッ!!


綺麗に「輪切り」にされ、さらに「短冊切り」にされた状態で、砂浜へと降り注いだ。 内蔵や墨袋などの食べられない部位は、衝撃波で海へ弾き飛ばされ、可食部だけが見事に切り分けられている。 神業としか言いようがない解体技術(物理)。


「よーし! 下味つけるぞー!」


着地した響は、山のように積み上がったイカの切り身を見て、剛田組へ指示を飛ばした。


「みんな! 鉄板と炭を用意して! あと醤油とマヨネーズ! 七味も忘れずに!」


「「「ヘイッ!! ただちに!!!」」」


死にかけたばかりの構成員たちが、涙を流しながら走り出す。 彼らにとって、死の恐怖よりも「オヤジのイカ焼き」への使命感が勝ったのだ。


***


数十分後。 剛田プライベートビーチには、香ばしい醤油の匂いが充満していた。


「うっま! これうっま!!」


響は、自分の顔より大きなイカの切り身にかぶりつき、満面の笑みを浮かべていた。


「Sランクモンスターって、意外と味が濃厚で美味しいのね……悔しいけど箸が止まらないわ」 「本当ですね。身がプリプリで……あ、響さん、マヨネーズ取ってください」


カレンとシズクも、完全に餌付けされていた。 最初は「魔物を食べるなんて」と引いていたが、一口食べた瞬間に虜になってしまったのだ。


「オヤジ! 焼きそばにもイカを入れてみました!」 「おう! 最高だ! ガンガン焼いてくれ!」


剛田組の男たちも、車座になってイカパーティーを楽しんでいる。 その光景は、もはや海水浴というより、巨大な宴会場だった。


《D-Live コメント欄》


名無しさん:クラーケン(Sランク)= 食材

kuma:飯テロやめろwww

武器マニア:流木でSランクの皮膚を切断……? どんな剣術スキルだよ

アンチ:剛田組の福利厚生が手厚すぎる。就職したい

名無しさん:この海、もう誰も攻めてこれないだろ


「ふぅ、食った食った。海って最高だなぁ」


満腹になった響は、砂浜に大の字になって空を見上げた。 青い空、白い雲、そして美味しいイカ。 彼にとって、これ以上の幸せはなかった。


しかし、そんな日本の空を、太平洋の向こうから「黒い影」が高速で接近していることを、彼はまだ知らない。


「……ターゲット確認。座標、日本国・湘南ビーチ」


空飛ぶ輸送機の中、一人の男がパラシュートを装着していた。 全身から放たれるオーラは、Sランク冒険者ガイをも凌駕する。 アメリカ合衆国が誇る最強のエージェント、コードネーム**『ザ・ビッグ・バン』**。


「日本の高校生ごときに遅れを取ったガイは恥晒しだ。俺が本物の『力』を教えてやる」


男は不敵に笑い、ハッチを開けて空へ飛び出した。


最強 vs 最強。 日米決戦のゴングは、イカ焼きの匂いと共に鳴らされようとしていた。


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