第0話 ―不幸のはじまり―
これは無責任な作者と、その作者によって生み出されたキャラクター達の成長の物語です。
ろくに構想も練られずに生み出された未完成な世界で、キャラクター達は自分が何のために生まれてきて、どこへ向かえば良いのか。必死になって答えを追い求めていくことでしょう。
しかし、俺にはそんな彼らを救うことができません。
次々に彼らの運命を狂わせ、ぐだぐだな展開へと物語を進めていってしまうことでしょう。
なにしろ、この世界の鍵は俺が握っているのですから。
途中で彼らのことを見捨ててしまうかもしれません。
俺は、願います。彼らが俺に抵抗し、主張し、最後まで物語を書かせてくれることを。
■
西暦2013年 日本
『本日、13時13分。東海地方全域に緊急警戒宣言が発令されました。住民の方々は、速やかに自宅へ待避し他者との接触を控えてください。繰り返しお伝えいたします…』
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。早かったわね。」
「緊急警戒宣言なんて、日本も物騒な国になったよなぁ。おかげで、早く学校が終わったからいいけどさ。」
「学校で勉強できなかった分、しっかり家で勉強しないさいよ?そうだ、お父さんは大丈夫かしら・・・」
「電話してみたら?会社だって、こんなときにまで拘束したりしないでしょ。」
「だといいんだけど。」
「んじゃ、俺とりあえず部屋でゲームしてくるから!」
「ちゃんと宿題終わらすのよー!」
「はーい。」
■
俺の名前は天城シン。どこにでもいるようなごくごく普通の高校生だ。
趣味はゲームと映画鑑賞。特技は・・・特に無いかな。
最近、この世界は何かが可笑しい。
現実味が無くなってきていると言うか、不可解なことが起こりやすくなっている。
2012年に起きた大転換以来、人の感情バランスや行動パターンが不安定になってきているらしいんだ。
緊急警戒宣言とは、星の動きと位置から観測された高次元エネルギーが地球上の生命に与える割合が危険値に達したときに発令される特令宣言だ。
今回は、その対象に位置する日本の東海地方が危険区域に指定されたらしい。
「高次元エネルギーなんて、本当にあるのかさえ疑わしいもんだけど。政府が怯えるぐらいなんだから、きっと実在するんだろうな。」
俺は、ゲーム機の電源を入れながら、窓の外を見上げた。
「一体、何が起こっているんだ。」
―天体観測機構 高次元エネルギー観測室
『高次元エネルギー値、依然上昇中。人間の感情パターンに影響を及ぼす可能性は、現在75.24パーセント。極性は、マイナス。識別コード:オリオン。引き続き、観測を続けます。』
「オリオンの三ツ星か。こいつは厄介な星に狙われたものだな。」
「あぁ。もしもエネルギーが人間の感情に干渉すれば、たちまち人は理性を失い自分を制御できなくなる。それがマイナスグループであるとなると、負の感情が増幅されるということになる。」
「つまり、訪れるパターンは不幸か・・・。」
第0話 ―不幸のはじまり―
「なんですって?」
「いや、どうしても今日中に終わらせないとまずい仕事なんだよ。課長も定時までは家に帰らないって言ってるし、俺だけ帰るわけにはいかないだろ。」
「そんな・・・。国が発表してる最警戒時刻は、16時よ?いくら大手企業だからって、社員の安全を最重視しないなんてあんまりよ。」
「あぁ。だから、一般の社員はとっくに帰宅させてるよ。その分、人員が足りないから俺たち上層部の人間で会社を守らないとダメなんだ。」
「・・・。」
「大丈夫だよ。緊急警戒宣言なんて言っても、これまで何か起こった試しはないだろう?どうせいつものように、何事も無く家に帰れるよ。」
「・・・でも。」
「あ、課長が呼んでる。大事な商談の途中なんだ。もう切るからな。」
「あっちょっと・・・」
ツーッ・・・ツー・・・
「父さん、どうだって?」
俺は、階段から降りながら母さんに聞いた。
「うん。仕事があるから、会社に残るって・・・。」
「そっか。まぁ、どうせ何も起こらないよ。今までだって大丈夫だったんだし。」
「・・・そうね。そう思うしかないわね。」
母さんは、少し不安そうな顔をしながら受話器を下ろした。
―16時13分
―天体観測機構 高次元エネルギー観測室
『高次元エネルギー反応限界値突破。現時点での対象エリアは、東海地方の愛知、岐阜、三重の3県。まもなく感情への潜伏が始まります。』
「いよいよだな。数値が90パーセントを超えたのは今回がはじめてだ。もう、何が起こってもおかしくない。」
「貴重なサンプルが採れる機会だ。・・・総員に告ぐ、最善の注意を払い3県に現れるエネルギー体を観測せよ。電磁界スーツの着用を忘れるな。」
―16時54分
―大手電機メーカー 応接室
「では、商談は成立ということですね!ありがとうございます!」
「うまくいったな、天城君。君を本部に残しておいて正解だったよ。」
「ありがとうございます。私も、今回のプロジェクトは絶対に成功させたいと願っていましたから、緊急警戒宣言なんかで帰らずに正解でした。」
「おぉ。そういえばそうだったな。商談のことですっかり忘れていたが。」
「結局、国が心配しているほど大きな変化は起こらないってことですよ。まったくお騒がせな政府ですね。」
「そうだな。よし、じゃあ今日は金曜だし一杯やってくか。」
「はい!!」
◆
「そう。じゃあ、帰りは気をつけてね。」
「父さんなんだって?」
「うん。仕事がうまく行ったから、これから課長と飲みに行くらしいわ。」
「なんだ。やっぱ、何にも起こらなかったんだ。」
俺は、味噌汁を一気に飲み干し、両手を合わせてキッチンを出た。
「じゃあ、俺出かけてくるよ!今日、予約してたゲームの発売日だったんだ。今から行けば、まだ間に合うから。」
「ダメよ!!まだ、警戒宣言は解除されてないんだから。家の中にいなさい。」
「大丈夫だって!それに、父さんも平気だったろ?俺だけ、外に出ちゃだめなんておかしいっつーの。じゃ!!」
俺は、乱暴に靴の中に足を突っ込み、玄関から外へ出た。
「寒っ」
ドアを開いた瞬間、ひんやりとした冷たい空気に触れ身を縮める。
季節は夏だって言うのに、寒すぎるくらいの気温だ。
「なんだよこれ。まぁいいや・・・走って身体を暖めよう。」
ガレージに置いておいた自転車にまたがり、俺は全速力でゲーム店へと走った。
『愛知県、名古屋市内にて高次元エネルギー反応を捕捉。予想通りオリオンは長期に渡り潜伏する類のもののようです。』
「ほう。やはりそうか。すでに干渉をはじめているのかね。」
『現時点では明確ではありません。しかし、この名古屋市のエリアは確実にマイナスエネルギーで覆われています。人間の感情に変化が現れるのも時間の問題かと思われます。』
「ふっ。いよいよ仕掛けてきたということか。ならば、見届けてやろう。不幸を望む生命体の最後をな。」
◆
キーンコーンカーンコーン
「しっかし。結局何にも起きなかったよなぁ昨日。ちょっとがっかりだぜ。」
俺は、椅子を斜めに傾けながら隣に座るルルに言った。
ちなみに、ルルは中学の頃からの知り合いで名前に似合わずちっと強気な女の子だ。
「何よ。あんたは、何か起こって欲しかったわけ?」
「いや、なんつーかさ。ようやく物語の世界に足を踏み入れたと思ったのに、なんか拍子抜けだなぁって。」
「あんたって、本当にそういうの好きねえ。何も起こらないほうが良いに決まってるじゃない。」
「ルルはいいよなぁ。頭もいいし、悩みなんか無さそうで。俺みたいに、現実世界で輝くことのできない人間は、この世界に天変地異が起こることを常に望んでいるんだぜ?」
「馬鹿ね。天変地異が起これば、あんたでも輝けるとでも思ってるの?今現在能力のない人間が、そんな逆境に立たされて輝けるわけないでしょうが。映画の見すぎだっつーの。」
「くっそ~。むかつく・・・ん?何だ?」
突然、サイレンの音が鳴り響いた。
『緊急警戒宣言発令。緊急警戒宣言発令。本日、10時10分。愛知県名古屋市において、強大な高次元エネルギー反応を捕捉しました。市民の方々は、速やかに自宅へ退避し他人との接触を控えてください。繰り返します。』
「よっしゃ。今日も家帰れるじゃん。」
「馬鹿ね。どうせ、何も起こらないわよ?先生ー!?まさか、今日も授業中止なんてことはないわよね?」
「授業は中止よ。高次元エネルギーの脅威については、まだ未解明な部分が多いの。皆さん、すぐに帰宅してください。」
先生の掛け声により、生徒たちは帰宅の準備を始める。
「そんなぁ。これじゃあ、勉強が遅れちゃうじゃない。」
「残念だったな。さぁてと、今日は帰って昨日買ったゲームの続きをしないとなぁ。」
俺は、上機嫌で通学かばんを背負い、その場から立ち去ろうとする。
「待ちなさいよ。」
「あ?」
「あんた、さっき天変地異が起こって欲しいって言ってたわよね。」
「言ったけど・・・。なんだよ、怖そうな顔して。」
「・・・。ちょっと、付き合いなさいよ。」
「・・・」
◆
「おいおい。いいのかよ?緊急警戒宣言発令中なんだぜ?」
俺は、ルルに手を引かれながら街を歩いていた。
「気になることがあるのよ。それに、あんただってちょっとは冒険したいって思ってたんでしょ?」
「そりゃあ、俺も何が起こってるのかは気になるけど。こんなことするより、家でゲームやってた方がよっぽど楽しいぜ。」
「はぁ・・・本当に馬鹿ね。そうやって、楽なほうばっかに逃げてるから、あんたの人生何も変わらないのよ。何かを変えたいと思ってるなら、まず自分から行動しないとダメなのよ。」
「・・・。」
「あれよ。」
「え?」
突然、ルルが歩くのを止め、俺をビルの隙間へと隠させた。
ルルの視線の先には、怪しげな装備をした男たちが数人。何かを調査しているようだった。
「ねぇ。あいつら何だか分かる?」
「知らねぇよ。ってか、やっぱ帰ろうぜ。ばれたらまずいって。」
「もう、黙って聞きなさいよ。あいつら、きっと国の調査部隊よ。高次元エネルギーについて、何か知っているんだわ。」
「調査部隊?確かに、妙な格好してるな。」
◆
『名古屋駅周辺にて、高次元生命体と思われる物体を発見。只今より捕獲作業に移ります。』
「待て。そいつは、情報の塊に過ぎん。下手に触れば、精神を侵食されるぞ。」
「どうするんだね。現在の科学では、あれを取り除くことなどできんぞ。」
「・・・あぁ。今の状態ではな。ただ、ひとつだけ方法がある。」
総司令官は、モニターに映るふたりの子供を見て言った。
「まさか、あの子達に取込ませる気か!?まだ、子供だぞ!!危険すぎる。」
「子供だからこそだ。我々大人に侵食させるよりは、リスクが少ない。それに、我々の警告を無視し自ら危険を侵しに来ているんだ。それなりの代償は払ってもらっても構わないだろう。」
「・・・こちらにとっては、好都合ということか。」
「作戦変更。プランBへ移行する。目標から離れて観測を続けろ。」
『了解。』
◆
「あれ。あいつら、離れて行くぞ。」
「・・・おかしいわね。確かに磁源地はここのはずなのに。」
「どうせまた、何も無かったんだよ。帰ろうぜ。」
「何言ってんのよ?ここまで来て、何もしないで帰る気?あんた、本当につまらない男ね。」
「ルルの方こそ、ちょっとおかしいんじゃないのか?自ら危険を冒すようなことに首突っ込んで、頭いいヤツの考えることなんて分かんねぇよ!」
「・・・だから、あんたの居場所はゲームの中だけなのよ。」
「は?」
「そんなに帰りたければ、帰りなさいよ。あとは、わたし一人でやっておくから。」
「あぁ。そうさせてもらうぜ。もともと俺は、こんなところに来る予定なんて無かったんだ。じゃあな!!」
俺は、その場にルルを残して一人で家へと帰った。
「・・・はぁ。世話の焼ける主人公様ね。いいわ。どうせはじめから何も期待なんてしてなかったもの。」
ルルは、そう呟きビルの隙間から抜け出した。
「あんたがやらないなら、この役目。私が引き受けるわ。」
◆
『こちら、観測班。少女が一人、目標へ向かってきています。』
「少女?子供はふたりでは無かったのか?」
『いえ。こちらから確認できるのは、少女一人だけです。』
「・・・逃げたか。まぁ、ある意味賢い選択だったな。」
◆
「ったく。なんなんだよ。ルルのヤツ。どうせ、俺はゲームの世界でしか生きられない人間だよ!現実なんて、退屈で苦しくて何一つ良いことなんて起こりはしないんだ!!」
「そうね。あなたの言うとおりよ。」
「!?」
突然、誰かが話しかけてきた。
俺は、声のしたほうへと顔を向ける。
すると、そこには一人少女が立っていた。
「・・・だ、誰だ。」
「あなたがそれを知る必要はないわ。わたしは、本来ここにいるべき存在ではないもの。」
少女は、無表情のままそう言うと、俺に近づいてきた。
「・・・こっちくんなよ。なんなんだよ。」
「あなたを連れ戻しにきたわ。このままでは、あの少女が危ないもの。」
「少女?ルルのこと?なんで、お前がそんなこと知ってるんだよ。」
「あなたがそれを知る必要はないわ。わたしは、あなたを正しい道へ導くためだけに生み出された存在だもの。」
一体なんなんだ。
なんで、こんな電波系少女が俺の目の前に現れるんだよ。
俺を正しい道へ導くって何のことなんだ。
俺は、起こっている状況が理解できず、その場から逃げ出した。
「逃げても無駄。あなたにはもう、帰る場所なんてないのだから。」
「うるせぇ!!ついてくんな!!うわっ」
走っている最中に、何かにぶつかりその場に倒れこむ。
「・・・いってぇ。なんだ今の。」
「高次元電解壁。あなたはもう、この空間から抜け出せないの。」
「はぁ!?」
「見て。もうすぐ少女が、あのビルの陰から姿を現すわ。」
少女は、そう言って遠くのビルを指差した。
俺は、ぶつけた頭を抑えながら、その方向をじっと見つめた。
すると、ビルの陰から巨大な黒い物体が姿を現した。
「・・・な。なんだよあれは。」
「きっと、さっきの少女。姿かたちは違うけど。」
「・・・嘘だろ。なんであんなんになってんだよ!」
「それは、あなたが自分で理解しないといけない。どうしてこんな状況になったのかを。」
「意味わかんねぇよ。どうすりゃいいんだ!?」
俺は、わけがわからなくなり、頭を抱え込む。
「考えなさい。」
くそ。なんなんだ。さっきからこの女。
こいつが現れてから、見えない壁に閉じ込められたり、あの黒い物体が現れたり。
言動だって、明らかにおかしいし。
まさか、こいつ。
「こっちへ向かってくる。」
少女がそう言うと、黒い物体は確かにこちらへ移動してきていた。
「お前、何か知ってるんだろ!?だったら、この状況なんとかしろよ!」
「他力本願?わたしにはどうすることもできないわ。」
「嘘だ!!だったら、どうして平気でいられる?お前だって、状況は俺と変わらない筈だろう?」
「違うわ。」
「は?」
「わたしは人間じゃないもの。」
そう言うと、少女はその場から姿を消してしまった。
「・・・嘘、だろ。」
立ち尽くす俺に、黒い巨大な物体は確実に距離を縮めていく。
「なぁ。あれが、ルルなんて何かの冗談だろ?何がどうなったら、あんな姿になるんだよ。」
俺は、誰もいなくなったその場所で一人呟いた。
こんな状況、ゲームや映画だったらあり得るかもしれない。
でも、ここは現実の世界だ。こんな非科学的な現象。起こるわけが無い。
そして、そこで俺の中にあるひとつの答えが浮かぶ。
「・・・そうか。」
これは、夢だ。
夢の中なら、なんだってあり得る。それなら、これまでの不可解な出来事も説明がつく。
そうと分かれば、何も怖いことなんてない。
「来るなら、来いよ。相手してやるぜ。」
俺は、その場でファイティングポーズをとり、黒い物体を睨みつける。
「お前を倒して、とっとのこの意味不明な夢から覚めてやるからよぉおおおお!!」