第8話 私を救い出した方は高貴なお方でした!
姉は声を荒げ、両親は何のことか分からずに眉を顰めた。
「お、お待ちください」
「貴族様、ロゼッタがそのような高価な物を直せるはず」
「ジギル様、これはどういう──」
「誰が発言を許した?」
「「「!?」」」
おお! すごい。
大きくない声だったけれど、鋭い声音に両親は一瞬で縮め上がって黙った。姉は凄まじい形相で睨んでいる。さて、少し苦しんでみますか。
「──っ、ぐっ」
唐突に首を押さえて、ソファから床に座り込む。体の内側からの衝撃に耐えるフリだけれど、実際は痛みをちょっと残しているので、静電気並の痛みはある。
いたたたたたたたっ……。やっぱり結構痛いっ。再設定ミスった!
「まあああ! 大変だわ。大丈夫ロゼッタ!?」
「アベル、リュカ」
「「はっ」」
スザンヌ姉さんが私に近づく前に、ジギル様の護衛者の二人が立ちはだかった。私の傍にジギル様が片膝を突いている。
「ロゼッタ嬢、大丈夫か!?」
「ふく、の……した、むね、…………どれ、い、も、ん、……っ、た、す、け、て」
ガチで痛いので、声が途切れ途切れになるが、なんとか奴隷紋の場所を告げる。これで見つけて貰えれば、こっちの勝ちだわ。
ああーーーー痛いっ、ビリビリするっ!
一瞬、ジギル様は服に触れるのを躊躇った。一思いに奴隷紋を見つけちゃってください。このために今まで残しておいたのですから!
そして地味に痛いんです……! 早く!
「後で責任は取る」
せきにん?
後継人や仕事の斡旋とかしてくれるという意味よね? それなら安心だわ。全力でよろしくお願いします、と頷いた。
「ちょっと、妹になにを──」
「失礼」
襟元までキッチリしたボタンのあるブラウスを着ていたので、ボタンを二つほど外してもらった。その手つきがとても優しい。
貴族の人は皆、こんなに良い匂いがするのかしら。ラベンダーの香りだ。触れた指先は少し温かかった気がする。そういえば誰かに触れられるのっていつぶりだろう?
うう……まだビリビリするけど、今は奴隷紋の術式に干渉しないほうがいい……よね。うん……た、耐えろ私!
「──っ」
「これは……っ、奴隷紋ではないか! どうしてこんな酷いことを!」
胸元にハッキリと奴隷用の紋様がある。月と星と太陽の幾何学と中央に髑髏がある。これを見るのもこれで終わりだと思うと「やっと!」という気持ちが溢れる。
それにしてもジギル様は演技派なのね! とても素敵だわ。
「ちが、それは──」
「アベル、リュカ。状況が変わった。この者たちを取り押さえろ」
「了解」
「承知」
それからはあっという間で、両親は大人しく捕縛された。スザンヌ姉さんは騒ぎ、魔法を使って抵抗するもジギル様に封殺。姉が床に這いつくばりながら、何か喚いていたのだが、私の記憶はその辺りでブラックアウトした。
***
後日、私は保護されてクライフェルゼ王城の客室で目が覚めた。
私を窮地から救ってくださったのは、なんとシュプゼーレ聖魔法国の第五王子ジルベール様だったのだった! ジギルというのは偽名で、商談のためこのクライフェルゼ王国に来ていたという。
貴族だと言うのは身なりや雰囲気で分かったけれど、まさか王族だったとは……。予想以上の大物で、正直ここまで大物だとは……と内心焦っている。
「まさか王族の方だったなんて……私事に巻き込んで申し訳──」
「そんなことを言わないでほしい。あの状況下で君は最善を尽くして、助けを求めた。……教会や王城、そして王都にまで事の真相をつまびらかにしたのは、私が駆けつけるのが遅かったからでもあるのだろう」
この人を、依頼人を利用した。それは事実だ。あわよくば保護して貰おうとしていた気持ちはあったのだから。でもよく考えれば他国で好き勝手出来る訳もなく、動くにしても色々大変だっただろう。それらのことを私は考えずに助けてほしいと──厚顔無恥にも程がある。
ここは真摯に答えて謝罪すべきだ。
「……あの日、私は教会か騎士団詰所に保護して貰うつもりでした。でも──」
「私の依頼で予定が狂ってしまった」
「はい。でも後悔はしてません。もう一度あの懐中時計が見れましたから」
「!」
「あの魔導懐中時計の魔導具は素晴らしいものでした。どれをとっても最高の素材を使っていまして、一目見て魔導具に触れたいって思ってしまったのです。これだけの素材を使った魔導具ならどのような魔法術式なのか、と。……知的好奇心に負けてしまいました」
「そうだろう! この魔導懐中時計の形や素材だけでも私も譲り受けたときに、興奮してその日は眠れなかったほどだ!」
「王子も!?」
「ジルベールと呼んでくれ」
「え、でも……」
「それでロゼッタ嬢はこの魔導具で一番素晴らしいと思ったのはどれだ? 素材もそうだが、この魔導懐中時計の設計図も芸術的だった。魔法術式も天才的、魔法鉱石の配置も神がかっている!」
ついさきほどまで王子の顔で、紳士に対応していた方が一変して、子供のように目を輝かせているではないか。でもその気持ちはわかる。この魔導懐中時計の魔導具を前にしたら、誰もがみんな子どものようになる。
そこには沢山の夢が詰め込まれているのだから!
「やはり魔法術式です。ああ、でも魔導懐中時計の器としての耐制度が脆くなっていたので、再構築を施しましたが、計算された設計だったので上手くいきましたし、その器に納めるだけの魔法術式の情報に脱帽しました」
「私も魔法術式には多少心得がある。しかし数で言うと幾つの術式があったのだろうか? 三桁までは確認したのだが……」
「6174です!」
「ろくせん……!?」
「これはカプレカ数と同じ数字でして、もしかしたら制作者様はカプレカ数を元にしたのかもしれません。何から何まで一つ一つに意味を持たせて、三日間で修理を頑張りましたが、解析をし尽くすことはできなかったです」
「……三日で」
「6174……?」
護衛者のお二人がドン引きしているのがわかった。そ、そこまでかな?
「カプレカ数!? ロゼッタ嬢はその数字のことを知っているのか!?」
「はい。ある整数の各桁の数字の並び替えを行い、最大数(7641)と最小数(1467)で引き算したとき最終的に特定の数字(6174)に落ち着く性質を持っている数字のことです。3桁なら495だったかと」
「王家の書庫にあるマイナーな数字の数として教材はあったが」
「あら、私の知る中で最も美しいとされる数字は黄金比(約1.618)やオイラーの公式ですが、私個人としてはこのカプレカ数の6174も美しい数字だと思っています。この製作者も黄金比を気に入っていたようで、魔法術式ロックにフィボナッチ問題や、六桁の暗証番号など解くのに半日かかりましたもの」
「……魔法術式ロックを正面突破した」
「王宮の智慧者ですら解けなかったあれを?」
護衛者のお二人は「嘘だろ?」と顔色がどんどん悪くなっていく。
「フィボナッチ数列にも明るいというのか!」
「専門家ほどではありませんが、魔導具を作るに当たって、黄金比で作ることで爆発的な効果を齎すことが実証されておりますから!」
そう言い切った後で護衛のお二人がさらにドン引きしているのに気付き、やってしまったと頭を抱えた。
やってしまったーーーー!
アレは私の振る舞いに引いていたのもあるってことよね!?
しかも前世での知識をペラペラと話してしまった上に、王子に対して親しげに話してしまった!
でもこの世界で数字や魔導具関係の話が出来たのは初めだったから、抑え切れなかった。
「すごい……っ、これほどの情報量と知識力。それに発想と魔導具への飽くなき好奇心……この魔導懐中時計を作ったのは私の遠い祖先でして、祖母はこの魔導懐中時計の研究をずっとしていた」
「まあ! それは素敵ですね」
「ええ、祖母との研究はとても楽しく、自分だけでは考え付かない発想などもあってとても参考になった」
思わず魔導具について話が盛り上がった。
そうそう。こういう話をしたかったのだ。ずっとずっと前から!
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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