第5話 姉との対峙
私が部屋に引き籠もってから数日が経った。
部屋にバリケードを作って、窓は魔法術式を使って解除しなければ物理的に空けることが出来ない。
これは魔法術式ロックと同じようにしておいた。四桁の数字と同等の魔力量がないと解除できない。もっともそれは私がそういう設定にしただけなので、他の魔導具技師の場合は不明だ。リーニャ商会のジェレミアさんの作った魔導具のロック解除は『四桁の数字と、その分の魔力が必要』という条件がベースになっているけど、このロックの方法は術者によって、いろいろ自由に設定できるのよね。
それに4桁の数字並びは1万通りしかないので約10,000秒(2時間46分40秒)、コンピューターであれば2分も掛からずに解除出来てしまうもの。まあ、この世界にそのような演算システムは構築していないから、虱つぶしにやっていけば答えに辿り着くことは出来るのよね。銀行のATMのように3回間違えると口座ロックがかかるとか、最初に考えた人は凄いな。
てぃろりん。
魔導ポットで沸かしていたお湯が沸騰したようだ。
「白湯でも飲もう」
この世界で珈琲や紅茶を飲んだ記憶は、ほとんどない。今回の一件が終わって自由になったら、カフェに行って飲んでみたいな。
食材は魔導コンロを使い自炊。設置した魔導蛇口から井戸水が出るように設置。魔導冷蔵庫も作ったので食材も傷まない。よく食べてよく眠って、魔力の回復に努めた。
睡眠時間の確保、栄養バランの獲れた食事、休息によって魔力も回復しつつある。これなら奴隷紋の一部解除と上書きは可能そうだ。
それにしても
「446179666c6f77657220696e2068616e64」ってどう考えても、16進数文字列よねこれ。文字列のバイナリー値(0と1の2つの数字だけを使って表現する数字の体系)を16進数文字で表したものだ。
今回の場合は「|Dayflower in hand《露草を手に》」と言う意味となる。ツユクサの花言葉は自由だったかな?
魔力を込めてスペルを書き込むことで解除される。というかこんなのこの世界で、教養がある数学者じゃない限り、たどり着けないわよ!? この世界の言語は英語に似ているからよかったけれど!
幸いなことに前世での知識のおかげで、これが16進数文字だって分かった。26進数じゃなくてよかった。
あれこれと完全解除ではなく上書きしていると、ちりりんと音が鳴った。
特定の人物が設定した距離内に近づくと、知らせてくれる魔導探知器を作っておいたのよね。
「……白湯を飲んでいる暇は……ないか」
スザンヌ姉さんが屋敷に戻ってきたようだ。思った以上に早い。バリケードは姉さんが来たら解除するという設定だったので、難なく開いた。でも姉は良い感じに勘違いしてくれているみたい。
「ロゼッタ! 貴方、どういうつもりよ!?」
「あら姉さん。早いおかえりね」
作業机で分厚い本から視線を外して、スザンヌ姉さんを見た。着飾った姉は私の傍までやってきて、机の上にある貴重な本を床に叩きつけた。
「なに暢気に本なんて読んでいるのよ!?」
「私はフォビオから婚約解消を言われて、数日しか経っていないのですよ。傷心している妹に投げかける言葉として、あまりにも酷い言い草ですね」
「はあ? なによ、急にペラペラ喋るようになって! 私の頼んだ納品は終わっているんでしょうね!?」
苛立つ姉に、笑顔で「いいえ」と返答した。数秒ほど沈黙の後、スザンヌ姉さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「はああああああああああああ!? 何すました顔で答えてんだよ!!」
物を投げつけ、ヒステリックに喚き散らす。良いぞもっとやれーと心の中で、応援する。
「私がやれって言ったらやるんだよ!」
「なぜ? それはリーニャ商会が受けた仕事でしょう? 私は従業員でもないし、魔導具技師の資格もないのに、どうして姉さんの仕事の代わりをしなければならないの?」
「はああああ!? それはお前が私の奴隷で、私の所有物だからよ! ほら、さっさと言うことを聞かないと命令するわよ!」
「──っ」
姉が指をならそうと準備をした瞬間、背筋がゾワリとした。
体が、心が、奴隷紋から生じる衝撃を覚えているのだ。それでも──自由になるためには、ここで折れるわけにはいかない。
「試してみます?」
「は?」
「姉さんはフォビオと結婚すれば、奴隷紋を解除するって言いましたよね? でも婚約解消となった。こうなったら私は一生、姉さんに使われ続ける。そんなのごめんです。私の最後の希望を潰した──希望がなくなったのなら、元凶そのものを叩くしか地獄は終わりません。だから全てのことを放棄して、奴隷紋の契約解除をすることにした──」
そこまでいうと余裕ぶっていた姉の顔が変わった。ここからが勝負だ。
「試してみます? 奴隷紋がまだ私に施されているか?」
「アンタなんかにアレが解けるわけ──」
できるだけ挑発して、煽る。
「何も知らない子供の頃の私に奴隷紋を描くように言ったのは、姉さんじゃないですか。あの頃から私は姉さんと違って、天才でしたからね。で、私が作った物を私が解除できないと──思っているなんて、やっぱり姉さんは二流。いえ三流以下です」
「黙れ!」
指をパチンと鳴らすと、全身に雷が走ったような衝撃に襲われた──と思わせるようちょっと静電気のなる程度にしてみた。でもビックリするし、ちょっと痛い。そこを演技でカバーする。
「──痛っ」
「あははははっ、なになに!? ハッタリだったってわけ!? 馬鹿ね!!」
苦しみ出す私に、姉は下品な笑い声を上げる。
私がその場に蹲ると、姉はかかとの高いヒールで足蹴にする。床に倒れた後も執拗に蹴ってきた。痛いけれどこれは大事な証拠でもあるから、しっかり見える形で攻撃を受けておこう。
数分ほど耐え、姉が息を絶え絶えにしたころを見計らって立ち上がった。骨に異常はなさそうだけれど、青あざにはなっているだろう。
これで動画録音は完璧。次は私のターンね。
「ふん。お前は一生私の駒なのよ! いい三日以内に宝石に付与魔法を五つと、魔導懐中時計の修復、魔法省略巻の付与魔法を五つ用意しなさい!」
誰がそんな依頼を受けるか。
そう断るつもりだった。これから王城と教会に届ける証拠は十分に揃ったのだから、姉の依頼など受ける必要はない。
でも見てしまった。
見たことのない美しい魔導懐中時計を。
テーブルに無造作に置かれた羊皮紙と、木箱に入った魔導魔導懐中時計に、一瞬で私の心を奪った。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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