幕間 長女スザンヌの思惑
気の利いた商売上手な夫に、奴隷のロゼッタがいることで、私は楽していい暮らしができていた。
ロゼッタの才能に気づいたのは、あの子が三歳だった頃。その時すでに私よりも魔力量が高く、当日幼馴染だった旦那から借りた魔導具の魔法術式ロックを解除したのだ。
魔法術式ロックは基本的に四桁の数字で形成しており、その数字と数字分の魔力量がないと解除されず、魔法術式の内容全てが読めないようになっている。
だから妹がロックを解除した時に、その才能に戦慄し、嫉妬で気が狂いそうになった。そんなに才能があるなら、私が有効活用してあげよう。奴隷紋を描かせたら見事に発動した。
それからは私の人生を彩る駒として、利用し続けた。フォビオとの結婚で奴隷紋を消すと言ったけれど、あんなのは嘘。頭の中が空っぽなアデーレを使って、フォビオを誘惑するように唆した。心を折ってしまえば、抵抗する気力も失せるだろう。そう思っていた私の考えは、粉々に砕け散った。
「はああああああああああああああああ!? ロゼッタが家を出る!?」
思わず声を荒げてしまった。化粧室には誰も居なかったから、聞こえてはいなかっただろう。つい最近試作品として作られた通信魔導具を両親に持たせておいて本当に良かった。
これを作ったのもロゼッタだ。今やこの国の生活水準を底上げしているのは、夫の魔導具とロゼッタの貢献が大きい。夫はセンスはあるも魔力量が私と同じくらいしかない。でもロゼッタは違う。
もっとも妹の功績は全部私がしたことになっている。だから私はクライフェルゼ王国一の魔導具技師となった。私がロゼッタの才能を開花させて、使っているのだから私の成果なのは当然だわ。使う才能、それこそ私のアドバンテージだもの。それなのに、ロゼッタが逆らったなんて許せないわ。
『婚約解消してから、まるで人が変わったかのようになって……このままじゃ私たちは破滅だよ!』
めそめそと泣くだけの母に、舌打ちしそうになる。今は大事な商談中だったのだ。すぐに戻らなければならない。あとでもう一度折り返し連絡すると言って、とりあえず通話を切った。
あの馬鹿妹!
私の仕事を増やすなんて!
怒りで周囲にある物に当たり散らしたかったけれど、今は商談中。しかも最高級のホテルの一室を借りている。我慢、我慢。
大きく息を吐き、呼吸を整えて交渉の場に戻った。
***
今回は、驚くほど豪華な部屋での交渉だった。クライフェルゼ王国の王侯貴族は魔導具イコール魔導武器のみしか認めず、日常生活用魔導具はガラクタ扱いしてきた。
だから自国は周辺諸国に比べてどんどん遅れているのに、矜持だとか特権だとかで話にならない。そういった経緯もあって、夫は隣国のシュプゼーレ聖魔法国に支店を出す決意をしたのだ。
良い気分だったのに、ロゼッタのせいで!
あら、ワインの芳醇な香り。ふふっ、昼間から贅沢ね。
夫はワインを片手に乾杯をしていた。今回の商談相手は高貴な方だとは聞いていたけれど、恐らく上流貴族。侯爵、あるいは公爵かしら。貴族服の身なりもかなり立派だし刺繍は魔法糸、しかも最高級の金と銀をふんだんに使っている。
金髪に青い瞳はサファイアのように美しい。眉目秀麗というのは彼の為にあるのね。王子と見比べると、夫はくすんだ金色に見える。魔導具好きで少し変わったところがあるけれど、お金をたくさん稼いでくれるから大好き。
「旦那様、交渉は終わりましたの?」
「スザンヌ。その件は無事にね」
その件は。その言葉が妙に引っかかった。
「夫人はクライフェルゼ王国随一の魔導具技師と聞いたのだが?」
青い瞳の美丈夫の声は心地よい。なんとも夢心地のような気持ちになる。
「はい。その通りですわ」
「魔導具の修復を頼みたい」
そういって内ポケットから取り出したのは年代物の──どう見ても家宝ともいえるような魔導懐中時計だった。蓋は透明で蓋を空けなくとも時計の針が見える。蓋に散りばめられた宝石は魔法鉱石と言い、その名の通り魔力を宿した鉱石だ。魔力の無い人間でも利用可能とする魔法に近しい技術。だがそれを作るに当たって魔法術式を組み込まなければならない。
それらを行うことが出来るのは、魔力を持った魔導具技師なのよね。
この魔導懐中時計は、まさに芸術品そのものだわ。
魔導具技師が魔導具に触れると魔法術式が展開され、それによって魔導具の状況を確認することが出来る。もちろんロックが掛かっていればロック解除は必須。
「こちらの魔導具にロックは掛かっていますか? あるのなら外して頂きたいのですが?」
空色の瞳が射抜くように私を見つめる。もしかして魔導具技師として格の違いを見せてしまったかしら?
自国の王侯貴族は、魔導具の魔法術式にロックを掛けるという概念はなかったらしい。この国でもそうなのかと思ったのだ。
「どうかなさいました?」
「……いえ。ロックが掛かっているかどうか、それすらも分からないほどに魔法術式が膨大なのですよ」
「?」
何を言っているのかしら?
そんなわけないじゃない。複雑な術式だってせいぜい二桁ぐらいなのに。
そう思って魔法術式を展開した瞬間、その術式の膨大さに、意識が吹き飛びそうになった。
「──っ!?」
気付けば全身から汗が噴き出していて、気持ちが悪い。
どう考えても私では手に負えない。
胃がひっくり返ったような、嗚咽を漏らすのを何とか耐えた。お昼に食べた物を戻したい。ああ、でもそんなことをすれば、信用を失う!
「──っ、す、すごい魔法術式……ですわね。ちょっと……その気を抜いていたせいで……油断してしまいました」
「そうでしょう。……恥ずかしながら私も魔法術式を展開して見ているのですが、あまりにも情報量が多すぎるのと、術式の方式のような物の解読が難しくて……」
はあああああああああ!?
ありえない! なんなのこれ!?
魔法術式が幾重にも重なって、まるで球体。アレ全部が魔法術式で編み込まれのだとすれば、私が直すのなんて無理。逆立ちしたって出来ないわ。
絶望と敗北と怒り。それらを押し殺して私は淑女の笑みを貼り付ける。
「ジギル様はシュプゼーレ聖魔法国内の全ての魔導具技師に依頼をしたのですが、誰一人直すことが出来なかったのです」
「……お恥ずかしながら、従者の言うとおりです」
「なんと。……スザンヌ、やっぱり君でも難しいのだろうか。いつもならこういったアンティーク系の魔導具でも数日で修復していたじゃないか」
期待していた夫の眼差しに陰りが生じた。まずい。まずい。まずい。
夫は私が魔導具技師の天才だと疑っていない。いつもは自国にいるからロゼッタに押しつけて誤魔化せた。
「……そうですわね。工房、自国の工房なら──なんとかできるかもしれません」
「自国の工房?」
ジギル様が一瞬だけ目を細めたことに、私は気づきもしなかった。焦燥と苛立ちと劣等感で──口元の笑みを維持することに精一杯だったのだから、しょうがない。
「これを本当に直せる──それは面白そうだ」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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