また来るね エピローグ
ボーッ。
港には、低く長い汽笛の音が響いていた。
フェリーターミナルの中の人の姿はまばらで、まるでもう何か終わってしまった後のような静かな空気。
窓の外の向こうでは、朝の光が海面に反射して、ゆっくりと揺れている。
私だけが落ち着かないみたいで、どうしても、きょろきょろして、探してしまう。
「見送りはする」
シンくんがそう言ってくれたから。
出発の時間も伝えたし。
なのに……来てくれないなんて、どうしたんだろう。
何かあったのかな。
その姿を探すたび、ツインテールの毛先がふわふわと顔にあたる。
肩から掛けたポシェットの中には巻貝と白い押し花が入ってる。
手にはクマのぬいぐるみ。
きょとんとした黒い目が、じっと私を見つめてくる。
シンくん……。
ぬいぐるみをギュッと抱き締める。
どうして苦しいの。
悲しくなるの。
「梨花、チケット、ちゃんと持ってる?」
お母さんの声に顔をあげる。
私は「うん」と頷く。
「そろそろ、行くよ」
「うん……」
少し前を歩くお母さんの背中を追いながら、もう一度だけ振り返った。
シンくんは――
いなかった。
シンくんの声、笑った顔、日焼けした腕、鼻の下をこするくせ――
全部を、もう一度なぞるように想い出していた。
「嘘はつかん」って言ったのに……。
フェリーへ続く通路を歩きながらも、何度も何度も振り返る。
でも、姿は見えなかった。
船内は空いていたけど、私はお母さんにせがんでフェリーのデッキに連れて行ってもらった。
シンくんがどこかに来てくれてるかもしれないって思って。
外に出ると、潮風に煽られた毛先が頬にかかる。
「梨花、風強いから気をつけて」
お母さんが優しく肩に手を添えてくれた。
私は、小さくうなずいて「うん」とだけ返し、手すりに手をかける。
見晴らしがよくて、港が一望できた。
だけど、見渡しても、シンくんの姿は、どこにもなくて。
しょんぼりして、うつむいた。
でも、この島の風景を、ちゃんと見ておきたいって思って顔をあげた。
近くに、遠くに、もう見慣れた景色が広がっている。
堤防も街並みも、空も海も山も――
「あっ……」
高台の公園が目に入った。
神社と、あの約束の木がある場所。
私の目が、一つの場所に釘付けになる。
フェンスによじ登った、小さな人影――
白いシャツがまるで光っているようで。
ここにいるよって、言ってくれているようで。
陽の光のなかで、ふたつの腕が大きく、ゆっくり振られていた。
顔は見えないけど。
それでも、分かる。
分からないわけがない。
どんな顔をしているかなんて。
私は胸がぎゅっとなるのを感じながら、小さく息を吸って、両手をめいっぱい振った。
「……また、来るね」
小さく、確かに、私はつぶやいた。
でも次の瞬間、気づけばもう一度、思いっきり息を吸い込んでいた。
「シンくん! ありがとう」
ちゃんと届くように、語尾を上げて。
「またねー!」
声が風にのって、彼方へと運ばれていく。
昨日の約束が、まだあたたかく残っている。
影が見えなくなるまで、私はずっと、ずっと、手を振っていた。
~あとがき~
「約束の木の下で ―忘れられない初恋の記憶―」
最後までご覧下さった皆様ありがとうございます。
6月頃投稿した作品ですが別サイトで投稿するに辺り、改稿と全編に挿絵を入れました。
執筆当時のエピソード?として、
書いていながら、終わってしまうのが寂しいと感じていました。
理由は拙いながらも、自己満足の境地の作品に個人的になったかなって思えてしまって。
それと、最後の辺りは泣きながら書いていました。
変ですかね?笑
作中に明言していない隠し要素的なものがいくつかあります。
お気づきの方もいらっしゃると思います。
そこに気がつかれたら、梨花やシンくんの物語に、少しだけ儚さや奥行きを感じて頂けるかもしれません。
それと……作品のテーマに反してしまうのですが、生きて二人を再会させてあげたかったなって思ったりしました。
おかしな話ですけど……。
この作品を読んで頂いて皆様の心に、何かしらの感情がわいたり、何かを思い出したりして頂けたとしたら幸いです。
お付き合いくださりありがとうございました。
感謝しています。
「またねー!」
お読み頂きありがとうございます。
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*人物画像は作者がAIで作成したものです。
*風景写真は作者が撮影したものです。
*両方とも無断転載しないでネ!