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──どのくらい時間が経ったのだろうか。



目を覚まして何度か瞬きを繰り返す。

部屋の中にはいい匂いが立ち込めていて、ヴァネッサのお腹がぐぅと音を立てる。

サイドテーブルには銀のクローシュがあった。

隣にはウォーターポットに水が入っている。


(お腹が空いた。でも勝手に食べてもいいのかしら……)


後で夕食を持ってくると言っていたレイの言葉を思い出す。

ヴァネッサは痛む体を起こして、ゆっくりと息を吐く。

喉も渇いているしお腹も空いているはずなのに胃が重いような胸やけを感じる。


(それでも体のためには食べないと! ヴァネッサは全然、食べていないんだもの)


クローシュを開けると、野菜を細かく切ったスープとふっくらと焼いてあるまんまるのパンがあった。

今にもよだれが垂れそうになってしまった。

クローシュを置いてキョロキョロと辺りを見回してからスプーンを手に取る。


思い出すのはヴァネッサに出される粗末すぎる食事。

カビが生えたカチカチのパンに野菜の皮が入ったような味がないスープ。

当たり前のようにヴァネッサは食べていたが記憶を取り戻したからこそ、そのひどさに気がつくことができる。

あまりにもヴァネッサが可哀想で思い出すだけで涙が止まらなくなってしまう。



「ぐすっ……」



涙は止まることなく、鼻を啜りながらスプーンでスープをすくう。

一口含むと優しいがしっかりとした味わいが口に広がっていく。

しかし勢いよく飲み込んだせいか気道にスープが入ってしまった。

激しく咳き込んでしまい、スプーンがカランカランと床に落ちてしまう。


激しく咳き込む音が聞こえたのか、バタバタとこちらに走ってくる足音が聞こえてくる。

涙でぼやけた視界でヴァネッサの頭には怒鳴るティンナール伯爵と伯爵夫人、エディットの顔がパッと浮かんでくる。


(怖い……!)


ヴァネッサの頭を支配するのは強烈な感情だった。

言葉に言い表せないほどの恐怖が襲う。

勢いよく扉が開いて、入ってくる人影を見て言葉すら出てこない。



「ぁ……っ、あっ……!」



髪を掴み上げられて『うるさい!』と、頬を叩かれる感覚が今でも残っている。

ヴァネッサは後ろに下がっていき、背後にあったベッドに倒れ込んでしまう。



「おいっ、大丈夫か?」



男性の声が聞こえた瞬間、ヴァネッサは頭を守るように押さえた。



「ごめんなさいごめんなさいっ、ごめんなさ……っ!」


「…………!」



頭を押さえて丸まっていているヴァネッサは痛みがないことを不思議に思い、ゆっくりと顔を上げる。

そこでやっとティンナール伯爵ではないと気がついたのだ。



「……すまない」



次第に気持ちが落ち着いてきて、ヴァネッサの体から力が抜けていく。

その瞬間、うまく気持ちが切り替わったような気がしたが、ヒュッと喉が鳴ってまた咳き込んでしまう。


ヴァネッサの中のトラウマは物語よりもずっとひどく苦しいものだ。

記憶だけでもこんなにもつらく、体は反射的に動いてしまう。

だけどヴァネッサがこうなってしまうのも気持ちがわかるような気がした。


涙を拭ってから顔を上げた。

そこには困惑した表情の白衣を着た男性の姿があった。

今は眼鏡をかけている。

ヴァネッサが落ち着いたことがわかったのだろうか。

シュリーズ公爵も安心したように強張っていた表情が柔らかくなった。



「あなた、は……?」



ヴァネッサからは掠れた声が出た。



「自己紹介が遅れてすまない。俺は……ギルベルト・シュリーズだ」



やはり目の前にいるのはシュリーズ公爵で間違いないようだ。

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