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「奥様、お初にお目にかかります。執事長のジェフと申します」


「…………ぁ」



奥様と呼ばれたことに驚いてうまく言葉を返せない。

ヴァネッサが何ていうのが正しいのか考えている間、ジェフは侍女たちに指示を出す。



「私はここで失礼いたします。詳しいことはレイとセリーナに聞いてください」


「本日より奥様の身の回りの世話をさせていただきます。レイですわ」


「セリーナです。奥様、なんでもお申しつけください」



オレンジブラウン髪はおさげで、そばかすがある可愛らしい笑顔がレイ。

セリーナはレイより背が高く、ディープブルーの髪をきっちりとまとめておりきつい印象を受ける。

何が何だかわからないままヴァネッサは頭を下げた。



「詳しいことは旦那様からお伺いしております。本日はゆっくりとお休みください」


「あとで食事をお持ちしますね」



そう言ってレイとセリーナもジェフと共に足早に部屋から去ってしまう。


(本来、ヴァネッサは混乱して大暴れするんでしょうけど……)


心臓が飛び出してしまいそうなくらい脈を打っている。

三人が去るまで息をすることすら忘れていたのだ。

そう思うと早々に去ってくれてありがたいと思うべきだろうか。


(まるで自分の体じゃないみたい。無意識に反応してしまうのは、ヴァネッサのトラウマがあるからかしら……)


ドキドキする胸を押さえながら、ヴァネッサは辺りを見回していた。

シンプルな部屋は調度品も置いておらずサイドテーブルだけ。

棚にも鍵がかかっていて取り出せないようになっている。


(徹底しているのね……)


恐らくヴァネッサの現状を見て、何も置いていない部屋に通したのだろう。

精神科に勤めていた看護師さんに少しだけ聞いたことがあったため、そうではないかと思ったのだ。


馬車から降りたヴァネッサはジェフと男性に話しかけられてパニックになってしまう。

どうすればいいかわからずに『殺されるくらいなら』と思い、自らの喉元に尖った傘を突き立てたのだ。

この状況ではまた繰り返さないとは言いきれない。

だからこのように対処したのかもしれない。

実際に物語のヴァネッサは、食事のナイフを喉に突き立て自らの命を断ってしまった。


そのまま咳が出て治ってを繰り返していた。

いつものように口元を押さえながら、痒みに耐えていた。

ボーッとしつつ、ヴァネッサはベッドから窓を眺める。

暖かい太陽の光がヴァネッサを包み込むように照らしていた。

ヴァネッサが眠っている間に雨は上がったらしいが今の時間はわからない。

いつもなら使用人として人が嫌がる仕事を押し付けられていたため、休む暇もなかった。

体調が悪く働けないと嫌味ばかり言われていたし、窓がない物置きに光は届かない。


(あたたかい……こんな穏やかな気持ちはいつぶりかしら。何だかとても幸せな気分)


前世の記憶とヴァネッサの記憶とがせめぎ合い、混乱している部分もあるが、これから整理していけばいいだろう。

瞼を閉じて、緊張と恐怖で脈打つ心臓を落ち着かせるように心の中で呟いた。


(もう……大丈夫なんだ。ここは安全……あの人たちはいない)


ここにはヴァネッサを故意に傷つけようとする人たちはいないことだけは確かだ。

気持ちが落ち着いてくると強張っていた体から力が抜けていく。

ベッドに座りっぱなしでいるのもしんどくなり、ゆっくりとベッドに横になった。


瞼を閉じて呼吸に集中すると胸の痛みや息苦しさはなくなっていく。

意識が薄れていく中、ヴァネッサの頬を次々と温かい涙が伝っていった。


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