⑥⑧
パーティー会場にはエディットが一人、取り残されている。
そんな時、アンリエッタが静かに前に出た。
「もう我慢できない……! どうしてあなたは一方的にお母様を悪く言うの? 不敬にもほどがあるわ」
「アンリエッタ……」
アンリエッタはずっと我慢していたようで、怒りから顔を真っ赤にしている。
エディットもアンリエッタが声を上げたことに驚いているようだ。
「わたくしの大好きなお母様を侮辱しないで! それとあなたのような欲深くて心の汚い人間はお父様に相応しくないわ」
ヴァネッサの前で手を広げるアンリエッタを見て、嬉しさが込み上げてくる。
小さな体で必死にヴァネッサを守ろうとしてくれるのだと思うと愛おしい。
ヴァネッサはアンリエッタを後ろから抱きしめて小さな声で呟いた。
「ありがとう、アンリエッタ」
「お母様、大丈夫?」
ヴァネッサは頷いた。周囲からは拍手が巻き起こる。
それはアンリエッタの発言を讃えるものだ。
エディットは味方もいなくなり、どうすればいいかわからなくなってしまったのだろう。
「どうしてわたくしがこんな目にあうのよっ、わたくしは悪くないのにぃ」
と、子どものように泣き喚いていた。
涙と鼻水を撒き散らしながら叫ぶエディットが惨めで仕方ない。
今ではずっとヴァネッサを虐げていたティンナール伯爵、夫人とエディットが今になってちっぽけな存在に見えた。
彼女たちに怯えていたことが馬鹿らしく思えてヴァネッサはスッと立ち上がる。
この瞬間、ヴァネッサは完全に過去を断ち切れたような気がした。
「……行きましょう」
「ヴァネッサ、大丈夫なのか?」
「はい。それよりも折角三人で一緒にいられるんですもの。パーティーを楽しみましょう」
「そうね! 行きましょう、お父様、お母様。この間のお茶会で仲良くなったお友達を紹介したいの!」
「まぁ、楽しみだわ!」
そんな時、ギルベルトがピタリと足を止める。
不思議に思ったヴァネッサとアンリエッタが振り返ると……。
「……それは男か? 女か?」
「ギルベルト様ってば、もう心配なのですか?」
「アンリエッタに悪い虫がついていたら消毒しようと思っただけだ」
「お父様、冗談ばかり言ってないで行きますわよ」
冷めた声で淡々と言い放つアンリエッタの背中を見つめるギルベルトは表情に出なくとも寂しげだった。
こうして王家主催のパーティーは大成功となった。
何故ならアンリエッタとヴァネッサの作戦通り、ギルベルトの噂は綺麗さっぱり消え去ったからだ。
代わりに愛妻家と娘を溺愛していると言われるようになった。
むしろギルベルトが善人ということが広まっていった。
そしてシュリーズ元公爵の噂も、彼は事故で亡くなったということも改めて聞いたのだ。
アンリエッタとヴァネッサは作戦の成功を喜んだ。
それもティンナール伯爵たちが勝手に自滅したおかげだろう。
彼女たちは祝いの場で大失態を犯した。
ティンナール伯爵は領地を管理することを疎かにして、領民たちに嘘をつき、税金を規定量を超えて多額に搾取したことで領地を没収。
ティンナール伯爵はあっさりと爵位を剥奪された。
もちろんティンナール伯爵夫人とエディットも貴族籍からの除籍。
貴族の令嬢ではなくなり、伯爵夫人とともに国境近くの森の奥深くに捨てられたそうだ。
もうヴァネッサは彼女たちと顔を合わせることは二度とないだろう。
皮肉にもヴァネッサが貴族となり、ヴァネッサを虐げていたティンナール伯爵たちは貴族社会から追放されてしまった。
悲劇の継母ヴァネッサは、見事に幸せを掴み取ったのだ。