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ティンナール伯爵も苦虫を潰したような表情をしていた。
ギルベルトは言葉を選んでヴァネッサを傷つけないようにしてくれているのだと思った。
ヴァネッサは一歩前に出て、エディットを睨みつけつつ口を開く。
「わたしは病弱で役に立たないからとティンナール伯爵家に虐げられて、ずっとひどい環境の中、薬も食事も与えられずに暮らしてきましたわ」
「……ヴァネッサ」
「それからは令嬢としてではなく使用人として働くように言われました。シュリーズ公爵が助け出してくださらなければ、わたしは間違いなく死んでいたでしょう」
「くっ……!」
「わたしはこの人たちのことを家族だとは思っておりません。今は旦那様とアンリエッタがわたしの家族ですわ」
ヴァネッサがそう言ったことで、ティンナール伯爵が慌てた様子で動き出す。
「──全部嘘だっ! でたらめなことを言うな!」
「いや、真実だ」
ギルベルトがヴァネッサの肩を抱いて当然のようにそう言った。
アンリエッタも大きく頷いている。
「この件は調査して王家に提出済みだ。言い訳など無意味だ」
「……お、王家? そんな……嘘だっ」
「このままヴァネッサのことを隠し通せるとでも思っていたのか? 俺はヴァネッサが治り、気持ちが落ち着くのを待っていただけだ」
「…………え?」
「それとティンナール伯爵領の領民たちはあなたへの怒りでどうなっていると思う? 税収を引き上げて、あれだけの金を娼婦につぎ込んだ…………君たちを待ち受けるのは絶望だけだ」
ティンナール伯爵はその場に膝立ちで崩れてしまう。
手のひらで頭を抑えて震えている。
これから自分に起こることを想像したのだろうか。
そんなタイミングで真っ赤なドレスを着た美しい女性が現れる。
ティンナール伯爵の元に現れて、項垂れる彼の肩を揺らしている。
反応がないことで両頬を叩いていた。
「ちょっと、まだいるじゃない! 馬鹿なことをやらかす二人を見捨てて私とこの子を選んでくれるって言ったわよね!?」
「……!」
「約束を破るなんて聞いてないわ! これからどうすんのよ」
「まさかっ……! お前がぁっ」
ティンナール伯爵夫人は伯爵に詰め寄る女性のドレスを掴み、頬を思いきり引っ叩く。
バチンと重たい音が鳴り響き、ティンナール伯爵夫人はすぐに騎士に押さえられた。
「──この泥棒猫ッ」
「何よっ、あんただって元娼婦のくせに! 聞いたわよ、汚い手を使って元伯爵夫人を殺したんでしょう!?」
「どうしてそのことを……っ」
「伯爵がペラペラ話をしていたわよ? 前妻の娘を病弱の役立たずにしたのもあんただって聞いたわ! さっさと地獄に落ちなッ」
凄まじい罵り合いにヴァネッサはそっとアンリエッタの耳を塞ぐ。
ティンナール伯爵夫人はヴァネッサの母親を殺して、ヴァネッサも追い詰めていた。
女性は伯爵から聞いたのだと伯爵夫人の罪を次々と暴露していく。
その卑劣なやり口にはヴァネッサも驚きを隠せない。
どうやらティンナール伯爵は娼婦に金を注ぎ込んで子を身篭らせた。
それから今日、夫人とエディットが暴挙に出て消えるのを傍観して彼女が伯爵夫人に収まる予定だったそうだ。
だからティンナール伯爵は暴走を二人のことを止めなかった。
二人にすべての責任を擦り付けて、自分は新しく結婚しようとしていたのだということが娼婦の女性の言葉によって理解することができた。
「ちょっとなんとかいいなさいよ! このっ、責任をとれよ! クソッタレ」
「……裏切り者ッ! 信じられないっ! このクソ野郎がぁッ」
二人は騎士たちに取り押さえられながらも伯爵夫人と娼婦の女性はティンナール伯爵を足蹴りにしている。
もはやパーティーを続けられるよう状態ではなかった。
そのまま複数の騎士たちに引きずられるようにして彼らは会場を後にした。