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ヴァネッサの言葉は二人のプライドを刺激するには十分だったようだ。
「何を……誰に何を言っているかわかっているの?」
「その言葉、そっくりそのままおかえしいたしますわ」
「──ッ!」
エディットからは歯軋りが聞こえてくる。
ティンナール伯爵夫人はカツカツとヒールを鳴らしてエディットの前に出る。
顔が触れてしまいそうな至近距離でもヴァネッサは一切、怯むことはない。
今にも殴られてしまいそうだが、この場で手を出せばもう言い逃れはできない。
(手を出せるものなら出せばいいわ。それにしても王都のブティックでのことがあったのに何も学んでないというの!?)
あまりの非常識さに先ほどまで馬鹿にするように笑っていた令嬢たちから笑顔が消える。
静まり返る会場で二人が荒く吐き出す息の音が響く。
「もうよろしいでしょうか」
「……!?」
ギルベルトや周囲の貴族たちが冷めた目で見ていることにやっと気がついたのだろう。
伯爵夫人は鋭くヴァネッサを睨みつけたままだ。
ハッとしたエディットは伯爵夫人の元に行きドレスの裾を引く。
「ど、どうするのよ! お母様っ」
「……ヴァネッサ……ヴァネッサ、ヴァネッサァッ!」
ティンナール伯爵夫人は血走った目でこちらを見つめながらブツブツとヴァネッサの名前を呟き続けている。
下唇を血が滲むほどに噛んでいて異様な様子だ。
その表情は淑女というよりも呪いをかける魔女のようだ。
エディットもこのままではうまくはいかないと思ったのだろうか。
「お、お母様……! 目的を果たしましょうよ!」
「……。 えぇ、そうね。そうしましょう」
ティンナール伯爵夫人もなんとか落ち着きを取り戻したようだ。
二人はドレスの裾を掴んで挨拶をする。
けれどそれは拙いものだと講師の指導を受けたヴァネッサは理解することができた。
咳払いしたエディットはギルベルトの許可もなく話し出してしまう。
「皆さま、そしてシュリーズ公爵、聞いてください。この二人の結婚は間違いなのです……!」
まるで陳腐な劇を見せられているようだ。
エディットの瞳には涙が滲んでいた。
今更何を言い出すんだと言いたげなアンリエッタとギルベルトの顔。
ヴァネッサも苦い表情だ。
「本当はわたくしがシュリーズ公爵家に嫁ぐ予定だったのにヴァネッサお姉様がわたくしの縁談を無理やり……っ!」
ここでヴァネッサが元ティンナール伯爵家の人間だということが明かされる。
ザワザワと騒ぎ出す貴族たち。
今まで一度もヴァネッサは表舞台に出ていない。
ティンナール伯爵たちからも病弱だと聞かされていた人もいるかもしれないが、今のヴァネッサはそうは見えないだろう。
「シュリーズ公爵は本当はわたくしと結婚したかったのよ。そうですわよね? そうだと言ってくださいませ、シュリーズ公爵!」
縋るようにギルベルトを見たエディットは、ヴァネッサを押しのけて彼の腕を掴むように手を伸ばす。
しかしギルベルトは手が触れる前にヴァネッサを守るように抱きしめて後ろに下がった。
「ありえない。俺が結婚を申し込んだのはヴァネッサだ」
「……っ!」
ギルベルトはエディットの言葉をすぐに否定した。
「何を勘違いしているんだ?」
まさかの反撃、彼女は自分が拒絶されるとは思わなかったのだろう。
エディットは呆然としている。
勘違い……その言葉にエディットや周囲にいる人たちに現実を教えるには十分だったのだろう。
アンリエッタも威嚇するようにエディットの前へ出る。
「俺はヴァネッサを救い出すために結婚を申し込んだ。その代わりにティンナール伯爵は大金を寄越せと言った。それに応じただけだ」
「そ、それは……!」