⑥⑤
「シュリーズ公爵、よろしいでしょうか」
「…………」
「この間の件は誤解なのです。シュリーズ公爵、わたくしたちの話を聞いていただけませんか?」
ヴァネッサは聞き覚えのある声がしたが感情を動かすことはない。
三人の前に立ち塞がるようにして立っているのはエディットだった。
オレンジとイエローの眩しいほどのドレスは、縫い目がチグハグでヴァネッサが見てもいいドレスではないかとわかる。
彼女は王都でドレスを買えず、どこでドレスを調達したのだろうか。
周囲にいた令嬢たちがエディットを見てクスクスと笑っている。
「あのドレスなにかしら? ださっ」
「どうして以前持っていたドレスを着なかったのかしら。まだそっちのがマシよ」
「あはは、これ以上言ったら可哀想よ」
令嬢たちの言葉にエディットは顔を真っ赤にしている。
彼女たちの間に何があるのかはわからないが、友人になりたくないと思うことだけは確かだ。
「シュリーズ公爵夫人にも勘違いだったとわかって欲しかったんです……!」
「…………」
その後ろにはヴァネッサを憎しみがこもった瞳で睨みつけているティンナール伯爵夫人の姿があった。
こんな状況でもティンナール伯爵は冷めた様子で静観している。
しかし彼女をチラリと見たヴァネッサやギルベルト、アンリエッタはエディットを無視するように会話を再開する。
それにはエディットも驚いているようで言葉が出ない。
令嬢たちの笑い声が更に大きくなったような気がした。
「な、なによ……! 信じられないっ」
だが、社交界では身分の低いものが身分が高いものにいきなり声をかけてはいけない。
必ず双方の繋がりのあるものに紹介の労を取ってもらわなければならないという厳然たるルールが存在する。
(……信じられないのはエディット、あなたの方よ)
だから他の貴族たちもギルベルトやヴァネッサの身分がわかるまでは話しかけてはこなかった。
そして先ほどからもこちらから話しかけるのを待っていた。
そのため三人の周りには人集りができていたのだ。
だからこそヴァネッサとアンリエッタは周囲に見せつけるようにしていたというわけだ。
なのにエディットは自分が話しかけるのは当然といわんばかりの態度だった。
顔を真っ赤にして怒りを露わにした彼女はもう取り繕うことをやめたらしい。
「ヴァネッサごときがわたくしを無視するなんて……!」
周囲に聞こえるか聞こえないくらいの声。
それほどヴァネッサに無視されたことが屈辱だったのだろう。
先ほどの令嬢らしい振る舞いは嘘のようだ。
鼻の穴が広がり、肩を揺らしながら荒く息を吐き出している。
取り繕った仮面はすぐに剥がれてしまったようだ。
こんなに公の場で目立つ行動を取っているのに彼女は周りが見えていないのだろうか。
「なんとかいいなさいよ! ちょっと聞いているのっ!?」
そう叫ぶエディットは完全に頭に血が昇っているように見える。
どうにかしてヴァネッサを貶めよう、そんな気持ちが見え隠れする。
ギルベルトが前に出たが、ヴァネッサは彼を押さえてから小さく首を横に振る。
彼はヴァネッサの表情を見て、何かを察してくれたのだろうか。
ギルベルトは頷いてから後ろに下がる。
「ティンナール伯爵令嬢、エディット様……わたしに何か用があるのでしょうか?」
「……っ」
「なっ……」
二人はヴァネッサの毅然とした態度を見て驚いているようだ。
けれどすぐに真っ赤な口紅が塗られた唇を開く。
「わたくしたちは、あなたとシュリーズ公爵に話があるのよ」
「わたしにはございませんわ」
「は…………?」
「あなたたちと話すことなどないと申し上げているのです」