⑥④
「まぁまぁ! ヴァネッサ、今度一緒にお茶をしましょう! その素敵なドレスのことについても話したいわ」
「王妃陛下のお誘いでしたら喜んで」
王妃にお茶会に誘われたヴァネッサは内心急つつも、なんとか言葉を絞り出す。
「アンリエッタ、この間はマエルがごめんなさいね」
マエルとはこの国の王太子の名前でアンリエッタと同い年である。
彼女は物語で彼と婚約したことで悪役令嬢の道を歩んでいくことになる。
「マエル殿下のことでしたら気になさらないでくださいませ。わたくしなら大丈夫ですわ」
「ありがとう、アンリエッタ。マエルにもよく言い聞かせておくわ」
アンリエッタの堂々とした返答を見習いたいくらいだ。
王妃は申し訳なさそうにしている。
横に立っているマエルは不機嫌そうな表情でそっぽを向いている。
ミルクティー色の髪とクリッとしたエメラルドグリーンの瞳。
ヤンチャそうな外見を見て、ヴァネッサはアンリエッタに彼が何か悪戯でもしたのだろうかと思った。
それからギルベルトはヨグリィ国王と王妃と会話をしている。
ヴァネッサは横でにこやかに微笑んでいた。
挨拶も終わり次の貴族と交代となる。
ここでやっとヴァネッサは周囲に目を向ける。
そこで初めて視線を集めていることに気づく。
(み、みんな見ているのはどうして!? 何か粗相をしてしまったかしら)
緊張するヴァネッサと違い、ギルベルトは余裕そうだ。
両手には琥珀色の飲み物が入ったグラス。
ヴァネッサの前へとを渡してくれた。
「ヴァネッサ、喉が渇いただろう? 水分補給は大切だ」
「ありがとうございます。ギルベルト様」
なんともギルベルトらしいセリフではあるが、今はそれがとてもありがたい。
緊張で喉がカラカラだったからだ。ヴァネッサはグラスを傾けて喉を潤す。
ホッと息を吐き出したヴァネッサのグラスを持っていない手を引くアンリエッタ。
「アンリエッタ、どうしたの?」
「お母様、見て! あそこに素晴らしいケーキとクッキーが並んでいるわ」
「まぁ……! 本当ね」
アンリエッタとヴァネッサはチラリとギルベルトに視線を送る。
期待に満ちた視線を送られたギルベルトは「少しだけだからな」と言ったのを聞いた途端に二人で歩き出す。
ギルベルトが見守る中、ヴァネッサはアンリエッタとお菓子を楽しんでいた。
どこからどう見ても仲のいい親子に見えるに違いない。
アンリエッタとヴァネッサは目を合わせてから、周囲には見えないようにニヤリと唇を歪める。
「お父様もいかがですか?」
「俺は……遠慮する」
「ギルベルト様もたまにはどうですか?」
「…………」
ヴァネッサがそう言うと、ギルベルトはこちらに近づいてくる。
そしてヴァネッサが左手で持っていたクッキーを手に取り、パクリと口に含んだ。
あまりの色気にヴァネッサはギルベルトの唇に釘付けになってしまう。
ペロリと舌が唇をなぞるのから目が離せない。
呆然としているヴァネッサだったが、ギルベルトは何を思ったのか左手の薬指に唇を寄せる。
「……甘いな」
「~~~~っ!?」
甘い笑顔にヴァネッサ含めで周囲にいた女性たちもギルベルトの色気に当てられてクラクラしてしまう。
アンリエッタも口元を押さえて嬉しそうだ。
ギルベルトがヴァネッサの口を拭うように親指でなぞる。
彼から目が離せなくなり、薄づきの化粧では隠せないためか肌が赤らんでいく。
そんな色っぽいヴァネッサに気がついて、周囲の目から隠そうとギルベルトは奮闘していた。
少し落ち着いたところでヴァネッサは改めて周りに目を配る。
貴族はヴァネッサたちを見て驚いていたり、羨んでいたり、様々な表情をしている。
だけどこのパーティーでギルベルトの悪い噂はすべて消えることを祈るばかりだ。
少なくともこれを見てギルベルトを悪く言うことはないだろう。
このままパーティーがうまくいくようにアンリエッタと目を合わせて頷いた時だった。