⑥③
今からヴァネッサは何があっても公爵夫人として振る舞わなければならない。
アンリエッタと目を合わせて頷いてから、ギルベルトの手を取り馬車を降りる。
ヴァネッサは初めて見る城に内心では圧倒されていたが、表情に出すことなく城内へと向かう階段を上がっていく。
口角を引き上げてにこやかな表情を作る。
ヴァネッサは緊張しすぎて周囲の視線には気が付かなかったが、三人はかなりの注目を集めていた。
ギルベルトはヴァネッサの隣に堂々と立っている。
アンリエッタも誇らしげである。
ヴァネッサは気持ちを落ち着かせて一歩一歩、足を進めていく。
ギルベルトがこちらを見て優しく微笑んでくれた。
ヴァネッサも嬉しくなり微笑みを返す。
会場では注目の的ではあったが、ヴァネッサにはギルベルトしか見えなかった。
ギルベルトは滅多に社交界に出なかった。
アンリエッタもお茶会デビューを済ませたばかりで社交界デビューはまだだ。
ヴァネッサにいたってはお茶会やパーティーに出たことすらない。
顔をほとんど見たことがないため、新興貴族と思われるだろうと講師たちは言っていたが実際にそう思われているようだ。
「……新興貴族か?」
「いや、最近そんな噂は……」
ギルベルトたちが誰なのかと話す声がそこら中から聞こえる。
ギルベルトに親しげに声をかけてくる貴族ももちろんいる。
それは彼が治療をしたことのある貴族たちでギルベルトに感謝している人たちばかりだ。
だが、ほとんどの貴族たちはギルベルトがシュリーズ公爵だと気づいていない。
爵位がわからないため話しかけられないのだろう。
(ギルベルト様、女性の視線を独り占めている気がする……)
令嬢や夫人たちがギルベルトに見惚れているではないか。
そう思うとなんだかモヤモヤしてしまう。
これが嫉妬かと初めての感情に感動していたヴァネッサだが、ギルベルトはヴァネッサの腰を抱いて守るように寄せる。
「ギルベルト様……?」
「やはり君の美しさに惹かれている奴らがいるようだ」
「……え?」
「ヴァネッサに触れたら解剖してやる……」
「お父様、嫉妬する気持ちはわかるけど落ち着いてよ!」
無表情で目を見開き、周囲を威圧するギルベルト。
どうやら彼とは同じ気持ちのようだ。
ヴァネッサはアンリエッタと共にギルベルトを落ち着かせながら歩いていく。
早足のギルベルトに手を引かれながら、列へと並ぶ。
この国の国王であるヨグリィ国王の元へ挨拶に向かうためだ。
「おお、シュリーズ公爵! よくきてくれたな」
「お招きいただきありがとうございます。国王陛下」
ヨグリィ国王は会場に響き渡る声でギルベルトがシュリーズ公爵だと明かす。
少しわざとらしい気がするのは気のせいだろうか。
ギルベルトの眉がピクリと動く。
ヴァネッサとアンリエッタもカーテシーで挨拶をすると、王妃が「素晴らしいわ」と声を漏らす。
ヴァネッサは心の中でガッツポーズである。
「顔を上げてくれ」
ヨグリィ国王の言葉で顔を上げる。
「妻のヴァネッサと娘のアンリエッタです」
「ほう! これはまた美しい令嬢だ。ギルベルトにはもったいない」
「…………陛下」
「ガハハ、すまんすまん!」
ヨグリィ国王は長い顎髭に触れながら豪快に笑っていた。
すると王妃が身を乗り出すようにして口を開く。
ヴァネッサを見て手のひらを合わせると、うっとりとしているではないか。
これでギルベルトがシュリーズ公爵だと知れ渡ったことだろう。
「シシーに聞いていたけれど、本当に可愛らしい令嬢だわ」
シシーとは王女の教育係を務めている講師の名前だ。
「王妃陛下にそう言っていただけて光栄ですわ。ありがとうございます」