⑥②
全体を整えて、レイは満足げに汗ばんだ額を拭い、セリーナは手を合わせてうっとりとしていた。
ヴァネッサは全身鏡にを見て、目を見張った。
(これがわたし……? 信じられない)
鏡に映るヴァネッサはもう〝悲劇の継母〟なんかではない。
そこには〝シュリーズ公爵夫人〟としてのヴァネッサの姿があった。
(新しく生まれ変わったみたい。とても素敵だわ……!)
ヴァネッサが鏡に映る自分の姿から目が離せないでいると、扉をノックする音。
レイが扉を開くと、そこにはアンリエッタとギルベルトの姿があった。
「ヴ、ヴァネッサ!? 嘘でしょう……?」
アンリエッタは口元を押さえて驚きの声を上げた。
大きな目をこれでもかと開いているではないか。
「ギルベルト様、アンリエッタ……お待たせして申し訳ありません」
「まるで女神だわ! とっても綺麗っ」
「ふふっ、ありがとう」
アンリエッタは手を合わせてうっとりとヴァネッサを見ている。
「アンリエッタこそ、とても可愛いわ。妖精のようね」
「オホホ、わたくしが可愛いのは当たり前でしょう?」
アンリエッタはヴァネッサにドレスを見せるようにその場でクルリと回った。
ピンクのとろみのある生地と白のレースがふわりと舞った。
「今日はわたくしたちの美しさを見せびらかす日だもの!」
「ふふっ、そうね」
アンリエッタと手を合わせて気合いを入れていたヴァネッサだが、ふとこちらを見つめるギルベルトと目が合った。
「…………綺麗だ」
「……っ!」
「ヴァネッサが美しすぎて他の目を引くと思うと心配だな」
「ありがとうございます、ギルベルト様」
ギルベルトの頬がほんのりと赤くなっているのを見て、ヴァネッサの顔も次第に真っ赤になっていく。
「ギ、ギルベルト様は今日もかっこいいです……」
「ありがとう、ヴァネッサ」
視線を逸らしながらそう言ったヴァネッサの手を取ると、ギルベルトは手の甲に唇を寄せる。
アンリエッタはレイとセリーナに「いつこんなにラブラブになったの!?」と、興奮気味に問いかけているではないか。
二人の左手の薬指には指輪があることに気がついたのだろう。
「指輪……! お父様ったらいつの間にっ」
「三日前、改めてヴァネッサにプロポーズをした」
「よくやったわ! さすがお父様」
二人は頷いて親指を立ててグッとサインを送っている。
ギルベルトとアンリエッタとの間にどんな会話があったのかはわからないが、すっかり仲良くなったような気がした。
「そろそろ行こう。ヴァネッサ、手を」
「……はい!」
彼の柔らかい笑顔に顔を赤らめつつ、ヴァネッサはギルベルトにエスコートされながら馬車に向かった。
馬車の中ではギルベルトにティンナール伯爵家に関わらないように。
もし近づいてきたらギルベルトのそばから離れないように注意するように言われた。
ギルベルトがいない隙を狙ってきたら、アンリエッタのそばにいるように言われたためヴァネッサは素直に頷いた。
「わたくしが今度こそヴァネッサを守るわ! 任せてちょうだいっ」
「ああ、頼む」
エディットたちはヴァネッサを下に見ていて、何をしてもいいと思い込んでいる。
(心を強く持つの……! やられっぱなしではいられないわ。大丈夫、わたしには二人がいてくれる)
今日は何があってもヴァネッサは泣いたりはしない。
アンリエッタは腕を交互に前に出しながら「何かあったら、わたくしがぶっ飛ばしてあげるわ!」と、気合い十分だ。
その後、アンリエッタとコソコソと最終調整をして一時間ほどで王都へと到着する。
(今までの頑張りを披露する時よ! 頑張りましょう)