⑤⑨
「これからは夫婦として向き合えたらと思う」
ここで一つの疑問が思い浮かぶ。
どうして今日までギルベルトはヴァネッサの気持ちを受け入れなかったのだろうか、ということだ。
「ど、どうしてこのタイミングなのですか?」
「もう君の体調がよくなったと判断した。弱っている患者に手を出すことはしない」
「…………!」
どうやらギルベルトは医師として今までは接していて、ヴァネッサの症状が完治したと判断したことで気持ちを伝えてくれたようだ。
「それに俺はずっと自分を責め続けていた。誰も救えない過去を……乗り越えることができずにいたんだ」
「……!」
ヴァネッサはセリーナとレイの言葉を思い出していた。
ギルベルトは二人を救えずにいたことで自分を責め続けていた。
だからこそ仕事に没頭していた。無理をしてでも診察を続けている。
「過去と向き合い、強く生きようと努力する君を見て、俺も逃げることをやめて変わらなければいけないと思った」
瞼を閉じたギルベルトを見つめていた。
彼はヴァネッサが講師たちに指導を受けている間に色々と考えていたのだろうか。
「自分の時間を取り、気持ちに整理をつけた。やっと乗り越えることができそうだ」
ギルベルトは瞼を開くと、嬉しそうに微笑んだ。
その顔はどこかスッキリしているように見える。
「それにアンリエッタに好きだと気持ちをちゃんと伝えないと、ヴァネッサに逃げられると怒られてしまってな……」
「……アンリエッタが?」
「ああ。お父様はこのままでいいのかと怒られたよ」
アンリエッタらしいと言うべきだろうか。
ギルベルトがヴァネッサを選んでくれたのは嬉しいが、突然のことすぎて受け入れることはできない。
「ギルベルト様は……本当にわたしでいいのですか?」
ヴァネッサからポツリと本音が溢れ出る。
彼はにこやかに笑いつつ、椅子から立ち上がりヴァネッサの前へ。
「初めは君を救ってあとは自由に生きていってくれたらと思っていた」
「……」
「また誰かを失うことが怖かったんだ」
ギルベルトは自分の思いを話してくれた。
最初は形こそ結婚という形をとっているが、ヴァネッサの症状がよくなり次第、手放そうと思っていたこと。
それは同じ過ちを繰り返したくなかったこともあるが、気持ちがないままここにいれば、ヴァネッサが不幸になってしまうと思ったからだそう。
しかしヴァネッサの人柄に触れていくうちに、ギルベルトは今まで感じたことのない気持ちになっていったそうだ。
ヴァネッサは先にアンリエッタとの仲を深めていき、ギルベルトを慕ってくれたことで今まで押さえ込んでいたものが溢れてしまう。
「だが、君はこんな俺を好いてくれた」
「そんな……」
「ヴァネッサが来てから俺の気持ちはどんどんと変わっていった。君のことが愛おしいと思う」
ギルベルトはヴァネッサの手を取ると、そっと手の甲に口付けた。
「……こちらこそヴァネッサに感謝している。アンリエッタのこともそうだ。ヴァネッサのおかげでアンリエッタは幸せそうだ」
「アンリエッタはギルベルト様のことが大好きです。できるなら一緒にいてあげてください。そしたらもっと幸せになれると思いますよ」
ヴァネッサの言葉にギルベルトは目を丸くしている。
生意気なことを言って申し訳ないと思っていた時だった。
「そうだな……ヴァネッサの言う通りだ。買い物に行って久しぶりにアンリエッタの笑顔を見た気がした」
「ふふっ、また一緒にケーキを食べましょう」
「ああ、そうだな」
ギルベルトはそう言うと、ヴァネッサの前に跪いた。
胸ポケットから取り出されたのは紺色の小さな箱。
彼が箱を開けると、そこには指輪が入っていた。