⑤⑧
パーティーまであと三日と迫った時だった。
珍しくギルベルトに食事に誘われたヴァネッサは驚きつつも、ドレスに着替える。
アンリエッタのおかげでお茶会のマナーは完璧だが、テーブルマナーにはまだ不安を覚える。
レイやセリーナに支度をしてもらい新しく買ってもらったドレスに着替える。
ヴァネッサの部屋のクローゼットはすっかりパンパンになっていた。
支度をすませまつ、急いでギルベルトが待つダイニングへと向かう。
今日はアンリエッタにお茶会の時に『お父様にヴァネッサを取られた』と、唇を尖らせていた。
あの一件から、ギルベルトの態度が柔らかくなったような気がした。
診察の時もそうだ。
今までに感じたことがない感覚にドキドキと心臓は高鳴っていく。
『ヴァネッサ、調子はどうだ。何かつらいところはないだろうか?』
『今日も元気そうで安心した。無理をするなよ』
まるで恋人にやるような優しさに勘違いしてしまいそうになる。
ヴァネッサは首を横に振りながら邪念を振り払う。
(ギルベルト様はわたしの心配しているだけよ……! 勘違いしたらだめ)
だけどこの二週間はアンリエッタが嫉妬するほどに、ヴァネッサとギルベルトは一緒にいる時間が多くなったような気がした。
まるで何かから解放されたような、そんな気もするがヴァネッサにはギルベルトの態度が変わった理由がまったくわからない。
そんなこんなでギルベルトと二人きりで食事の場に着いたのだが……。
正装しているギルベルトはまさに貴族といった感じで高貴な魅力に溢れている。
大人の色気はヴァネッサには刺激が強すぎる。
(うぅ……! ギルベルト様、なんて眩しいの!? それにかっこよすぎて直視できないわ)
ヴァネッサは予行練習だと、表情を表に出さないように笑みを張り付ける。
目を合わせられなかったのに淑女としての学んだことを生かさなければという気持ちの方が勝る。
「ギルベルト様、お待たせいたしました」
「ヴァネッサ、来てくれて嬉しい」
「~~~っ!」
彼に心を許した笑顔を向けられて、ヴァネッサは変な動きをしないように耐えていた。
考えてみると、こうして彼と夫婦らしいことをするのは初めてではないだろうか。
和やかな雰囲気で食事は進んでいき、あっという間に食事は終わり紅茶を飲んでいた。
満腹になったお腹を摩る。
まさか自分がこんな風に美味しい食事を誰かと楽しんで食べられるとは思わなかった。
当たり前のように美味しい食事ができることに感謝していた。
食事中、ギルベルトの素晴らしい所作に見惚れてしまう。
やはり公爵家の人間として育ってきたギルベルトは特に意識しなくても貴族としての振る舞いが身についているのだろう。
ヴァネッサが自分がまだまだだと痛感して、背筋を伸ばして紅茶を飲み込もうとした時だった。
「ヴァネッサ、君が好きだ」
「ブッ────!」
紅茶を吹き出しそうになって、ヴァネッサは慌てて口元を押さえた。
はしたない行為ではあるが、今はなんとか吹き出さずに済んだのでよかったと思うべきだろうか。
(い、いきなりギルベルト様ってどうしたのかしら……?)
ギルベルトはいつもと変わらない表情で淡々と告げる。
読めない行動と突然の告白はギルベルトらしいというべきなのだろうか。
ヴァネッサは咳払いをして、なんとか表情を取り繕う。
それに『好き』と言われたような気がしたが聞き間違いかとすら思ってしまう。
「ギ、ギルベルト様、いきなりどうしたのですか?」
「ヴァネッサにずっと気持ちを伝えられなかった。ずっと我慢していたが二週間前に手は出してしまったこと申し訳なく思う」
二週間前に手を出した、とはヴァネッサの額にキスをした時のことだろうか。