⑤⑦
そして荷馬車に買ったものがどんどんと運ばれていく。
ヴァネッサはただ見ていただけで何もしていないはずなのに疲労感が襲う。
馬車に座るギルベルトとアンリエッタは今まで見たことがないほどに楽しそうである。
帰りは従業員全員で送り出してくれたのだが、ヴァネッサは呆然としたままだ。
「久しぶりにたくさん買い物できて楽しかったわ! お父様もなかなかセンスがいいのね」
「……まぁな」
「ヴァネッサはスタイルがいいし綺麗だからなんだって似合うんだもの。レイもセリーナも当日が楽しみって言ってたわ」
ギルベルトは満足げに頷いている。
その表情はアンリエッタととてもよく似ていて思わず微笑んでしまう。
それからギルベルトは「もう王都での買い物の時に彼らに会うことはないだろう」と呟いた。
ヴァネッサは不思議に思っていたが、ティンナール伯爵家のことではないかと思った。
(どうして会わないのかしら……? ギルベルト様と店主の男性が何か話していたけど、そのことが関係しているのかしら……)
疑問に思ったが、アンリエッタが気にしてしまうと思い口をつぐむ。
しかしアンリエッタはすぐに口を開く。
「お父様、わたくしが腹痛の間に何があったのか詳しく説明してくださいませっ」
「ああ、最悪な奴らだ。反吐が出る」
「…………ぁ」
「この件は国王陛下にも報告しなければ……」
暗い表情でぶつぶつと呟くギルベルトの氷のような表情にも驚いてしまう。
ヴァネッサに暴力と暴言を吐き続けたエディットと伯爵夫人。
ティンナール伯爵は彼女たちを止めてはいたが、聞き入れる様子はなかった。
アンリエッタは苛立ちを滲ませながら拳を握る。
「今度会ったら、わたくしを怒らせたこと後悔させてやるんだから!」
「二度とヴァネッサに近づけさせない。次に彼女を傷つけたら……」
「……潰す」
「潰してやるわ!」
ヴァネッサはなんて言葉がいいかわからずにヘラリと笑う。
あと二週間もすればパーティーの本番だ。
(公爵夫人として完璧に振る舞って、二人に恩返しするんだから!)
ヴァネッサは今度こそトラウマを乗り越えて恐怖に打ち勝とうと心に誓った。
──それから二週間。
ヴァネッサはアンリエッタと共にパーティーに向けて最終的な仕上げをしていた。
講師たちの指導にも熱が入る。
短い時間ではあったが、なんとか立ち居振る舞いができるようになったことは喜ばしい。
まだまだ覚えることはたくさんあるが、パーティーに関しては合格をもらった。
この短期間ですべてを完璧にすることはできないのは悔しいが、まだまだ時間が必要だろう。
いつも通り午後にアンリエッタとお茶をしたヴァネッサは、食事も彼女と一緒にとるようになった。
それはヴァネッサが回復したことを意味する。
しっかりと食事をとることで、咳もほとんど出なくなり、肌の赤みはなくなった。
まれに痒みがでることもあるが、ギルベルトがくれたクリームを塗ればすぐに治った。
問題はパーティーにしていく化粧だった。
化粧品はヴァネッサの肌には刺激が強すぎるようで、すぐに肌に痒みが出たり赤くなってしまったのだ。
レイやセリーナは化粧品がヴァネッサの肌に負担をかけてしまうことを知り、なるべく負担がないものを探して用意してくれた。
それでも痒みがでてしまうため、最低限の化粧しかできないようだ。
それからしっかり休みを取って、体を休めている間にも必死に知識を入れていた。
王家主催のパーティーで体調を崩すわけにはいかないため、慎重に行動している。