⑤⑥
* * *
ヴァネッサは大量の荷物が荷馬車に運び込まれていくのを呆然としながら見つめていた。
あの後、ティンナール伯爵家はあっという間に追い返されて、従業員たちはヴァネッサに深々と頭を下げて謝罪を続けた。
腹痛が治ったアンリエッタも騒ぎを聞きつけてやってきたが、もうティンナール伯爵家がいなくなった後だった。
抱き合うギルベルトとヴァネッサを見て何かを察したのだろうか。
彼女は腕をいっぱいに広げて二人に抱きついて、周囲に聞こえないように小声で呟くように問いかける。
「ヴァネッサ、何かあったの!? 大丈夫……?」
「えぇ……ギルベルト様が守ってくださったから」
ギルベルトがアンリエッタに訳を説明する。
アンリエッタは悲しげに眉を寄せた。
後ろにいるレイとセリーナもヴァネッサを心配してくれているようだ。
「わたくしのせいだわ! ごめんなさい」
「そんなことないわ。アンリエッタは何も悪くない」
この件は誰のせいでもない。たまたまティンナール伯爵家に遭遇しただけだ。
「もうケーキは食べ過ぎない。ヴァネッサのそばにいないとっ」
ヴァネッサを守ろうと言ってくれるアンリエッタが愛おしく思えた。
「ありがとう」と言って、彼女を抱きしめ返す。
もう震えは止まっていた。
だけどヴァネッサの予想通り彼らを目の前にすると体が動かなくなってしまう。
抵抗できずにされるがままだったことが悔しくて仕方ない。
それはヴァネッサのそばにはギルベルトやアンリエッタ、レイやセリーナがいてくれる。
そう思うと自然と心が強くなれるような気がした。
(もう大丈夫……次は絶対に負けない)
今も髪を引かれた痛みが残っていたが、ギルベルトとアンリエッタのおかげでそれも気にならなかった。
アンリエッタもギルベルトと同じように「ヴァネッサ、今日は帰りましょう」と提案してくれた。
だが、ヴァネッサが「わたしは大丈夫、ドレスを選びましょう」というと、「大丈夫なの?」と確認をとる。
ヴァネッサが頷くと、アンリエッタはこちらを気遣いつつも大喜びでドレスや服を選び始めた。
早々にパーティーに着て行くドレスは決まった。
アンリエッタはピンクとホワイトの可愛らしいデザインで、ヴァネッサもアンリエッタと似たライトブルーとホワイトの清楚なデザイン。
レースやリボンの位置が似ていて、お揃いとまではいかないがデザインは似たものとなっている。
アンリエッタは今度オーダーでドレスを作ろうと言った。
ギルベルトも当然のように「そうだな」と答えた。
ヴァネッサは頷いたものの既製品でもこの値段なのに、オーダーで作ったらどうなってしまうのだろうと心の中で震えていた。
「お母様と一緒だなんて嬉しいわ!」
「アンリエッタ……」
アンリエッタはそう言ってヴァネッサと手を繋ぐ。
それだけでヴァネッサがシュリーズ公爵とアンリエッタに受け入れられているのだとアピールになるだろう。
だが本当に恐ろしいのはこれからだった。
パーティーのドレスが選び終わり、ヴァネッサの服を選び始めたのだが……。
「お父様、これとこれはお母様に似合うと思うの! 絶対に買ってね」
「ああ、わかった。あとはここからここまでは必要だと思うんだが……レイ、セリーナ、どう思う?」
「少なくともこちらからここまでは必要かと」
「あとは小物類も必要ですわ」
ヴァネッサの前で十人ほどの従業員が忙しなく動いている。
まるでドラマか映画を見ているような気がした。
「えっ……え……?」
まるでミーアキャットのように左右に首を動かすヴァネッサ。
アンリエッタ、ギルベルト、レイ、セリーナは凄まじい勢いでヴァネッサのものを選んでいく。