⑤⑤ エディットside6
令嬢たちへの憎しみを募らせてティンナール伯爵家に帰るが、屋敷もひどいあり様だった。
調度品は破壊されており、そこら中の壁紙が剥がれていた。
ガラスの破片がそこら中に散らばって、その中心にいたのは母だった。
怒りに歯茎を剥き出しにしていた母は、エディットの姿を見ると泣きながらエディットの名前を呼んで、こちらに駆け寄ってくる。
「ああ、エディット! エディット……ッ」
「……お母様」
エディットを抱きしめた母はすぐに夫人会での出来事を話し始めた。
どうやら『元娼婦』ということを揶揄されて、ブティックでの件を馬鹿にされたようで、その時のことを思い出しているのか怒りで満ちていく。
エディットの皮膚に爪が食い込んで「お母様、痛いわ!」と叫んだことで、やっと手が離れる。
騒ぎを聞きつけて父は母に殴られたのかパンパンに頬を腫らしている。
その後、喧嘩に発展して離縁するかどうかを話し始めたではないか。
エディットは二人を諌めるように声を上げる。
「今はそんなことをしている場合じゃないわ! パーティーに出てわたくしがいい婚約を見つけて助けてもらいましょう」
「わたくしはエディットの嫁ぎ先についていくわ。あなたは娼婦とその子どもと暮らせばいいわ。落ちぶれた伯爵家なんていらないわ」
「な、なんだと!?」
「前伯爵は素晴らしかったけど、あなたは本当にダメな男ね」
「元娼婦の分際で偉そうにっ!」
「──なんですって!?」
エディットはティンナール伯爵家のためにと思った。
だが、母はエディットがどこかに嫁いでティンナール伯爵家から離れる提案をしてきた。
それを聞いてあることを思いつく。
(わたくしが嫁ぐ……そうよ! ヴァネッサお姉様のように嫁げばいいのよっ)
エディットがティンナール伯爵を継ぐ婿を探すのではなく、エディット自身が嫁げばいい。
そうすれば条件は違うし、エディットのことを好きな令息は声をかけやすくなるに違いない。
(傲慢令嬢だなんて嘘に決まっているわ。醜い嫉妬よ! わたくしに嫁いで欲しい令息なんてたくさんいるんだから)
ふとエディットはシュリーズ公爵の顔が思い浮かぶ。
同じ令息とはまったく違う大人の余裕。爵位も高く申し分ない。
何より影響力がありエディットを害なす敵から守ってくれるのではないだろうか。
(令息なんかじゃダメ……! あの意地悪な令嬢たちからわたくしを守ってくれるのはシュリーズ公爵しかいないわ!)
エディットはすぐに母に考えを話していく。
シュリーズ公爵家に嫁ぐはずだったのはエディットで、ヴァネッサが無理やり嫁いでしまったということにすればいい。
(いらないヴァネッサはここでお父様と愛人と暮らせばいい! わたくしはお母様とシュリーズ公爵と幸せを掴むのよっ)
エディットはパーティーに狙いを定めて準備をしていくことに決めた。
父と母の関係は完全に壊れてしまった。
エディットの幸せはここにはない。
それに次に生まれたのが男児だったとしたら、エディットの立場はもっと悪くなってしまう。
(令嬢として完璧なわたくしの方がシュリーズ公爵に相応しいもの。誰が見てもそう思うわ)
エディットの気分は晴れやかになる。
これで今日、馬鹿にしてきた令嬢たちもエディットに謝罪することになるだろう。
「シュリーズ公爵が結婚の申し込みにきたのはわたくし……そうよね、お母様?」
「……! そうね、その手があったわ!」
母はすぐにエディットの考えがわかったのだろう。
パッと表情を明るくする。
「あなたも協力するのよ! いいわね!? わたくしたちを裏切った責任はとってもらうから」
「…………」
「勝手に没落すればいいのよっ」
父は愛人がいたことの負い目があるのだろう。
「どうなっても知らないからな」と、額を押さえつつも頷いている。
その唇が弧を描いていることも気づかずに……。