⑤④ エディットside5
このままではティンナール伯爵家やエディットの悪い噂が流れ続けて、評判は地の底まで落ちてしまう。
それだけは理解できた。
(どうして……? わたくしは悪くないっ)
馬車の中ではこれからのことが話し合われた。
けれど父から聞かされたのはこのことに追い討ちをかけるような出来事だった。
どうやらヴァネッサを嫁がせる代わりにシュリーズ公爵にもらった金が尽きてしまいそうなのだという。
それに金を注ぎ込んでいたのは事業を立て直すためなどではなかった。
現実から逃げるように娼婦に逃げていたのだ。
その娼婦の愛人を身篭らせてしまったらしい。
相手に結婚を迫られてバレるのも時間の問題だったと思い、白状したのだろう。
しかしそれは火に油を注ぐ最悪なタイミングだった。
母は父に掴みかかり馬車は大きく揺れる。
エディットは耐えられなくなり叫ぶ。
「最低ッ、最低よ! この役立たずがっ」
「──これからどうしろっていうのよ!」
「すまない、すまないっ……!」
ティンナール伯爵家についても雰囲気は最悪だった。
エディットは最悪なことに三日後にはお茶会に招待されていることを思い出す。
そこで王家御用達のブティックでドレスを買ったことを自慢しようと思っていたのだ。
だが、実際はどうだろうか。
噂好きな令嬢たちはこのことを知らないはずがない。
(仮病を使って逃げる……? でもこれからずっと怯えて過ごすなんてごめんだわ。今まで通り堂々としていれば大丈夫よ。何事もなかったように振る舞って流しましょう)
心臓は緊張と焦りから忙しなく動いていた。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
三日後、お茶会に向かったエディットを待ち受けていたのは地獄だった。
「エディット様は王家主催のパーティーに着ていくドレスは決まりまして?」
「ま、まだ迷っているのよ……それよりも」
いつもはエディットもドレスやパーティーの話を長々とするのだが、今回ばかりは別。
さっさと話題を変えようとするものの遮られてしまう。
「わたくしは素晴らしいドレスを買えたわ。あのブティックで……」
「……!」
「エディット様もいらしたけど、買えなかったのよねぇ?」
「な、何を言って……」
手のひらにじんわりと汗が滲んでいく。
運悪くあのブティックで買い物をしていた令嬢がいたのだと気づいた時にはもう何も言葉を発せなくなっていた。
「シュリーズ公爵を敵に回すなんて……ねぇ?」
「まさかいきなり殴りかかるなんて、非常識にもほどがありますわ。信じられない」
「ああ、王都にはもうエディット様の入れるお店はないんだったかしら!」
「……お可哀想に。わたくしのお古なら差し上げますわよ」
「アハハ、ティンナール伯爵もあの年でお盛んなこと……娼館に入り浸るなんて、よほど屋敷の居心地が悪いのかしら」
「──ッ!」
令嬢たちはティンナール伯爵家の噂をすべて知っていたのだ。
「フフッ、おかしい! この際だから言うけれどエディット様、令息たちからなんて言われているか知ってる? 傲慢令嬢ですって!」
「ご自分をアピールする前に婚約者がいるかどうかくらいは確かめた方がいいわよ? 顔のいい男には見境なくなんて、発情した動物じゃあるまいし」
「よくお茶会に顔を出せたわね! あと何回参加できるのかしら」
「………………」
そこからはよく覚えていない。
けれど、落ちるのは一瞬だった。
これが夢だったらいいのにと思った。
涙を流さなかったのは意地だ。
馬車の中では叫び声を上げながら、思いきり椅子を叩いていた。
それでも気分は晴れることはない。
(いつかっ、お前たちのその顔をヒールで踏み潰してやるわ!)




