⑤③ エディットside4
気を取り直して、王都にドレスを買いに行こうとすると顔が真っ青な父を説得した。
苛立っていた母も『あなたが一番美しくないとダメなの!』そう言ってくれたことで、エディットと同じ気持ちなのだと知る。
「今はこんなことをしている場合ではないのに……」
そう言っている父を説得して家族で王都に向かったが、何故か周囲からは居心地の悪い視線を感じていた。
いつもは羨望の眼差しを受けるはずなのにどうしたことだろうか。
そのことを不思議に思っていたが、特に気にすることはなかった。
むしろ衝撃的だったのはここからだ。
エディットたちがブティックに入ろうとすると門前払い。
店に入ること自体が許されない。
最初の一、二軒はたまたまかもしれないと思っていた。
けれどどのドレスショップに行ってもティンナール伯爵家が受け入れられることはない。
無理やり入ろうとすると衛兵を呼ぶと言う。まるで泥棒のような扱いだった。
父がいくらでも金を出すと言っても母が金切り声を上げても変わらない。
(どういうこと!? これじゃあ新しいドレスを買えないじゃない!)
流行りのドレスは王都のドレスショップで買うのが当然だった。
むしろほとんどのブランドがここに集まっており、他で買えないことがほとんどだ。
王都で一番ランクの低いドレスショップでも対応は同じだった。
父がブチギレて店員の襟を掴む。
「くっ、組合でそう決まったんです……! 私たちの意思ではどうにもできません」
詳しく話を聞いていくうちに、信じられない事実が明らかになる。
どうやらこの間の王家御用達のブティックで起こした騒ぎが原因で王都の店のほとんどがティンナール伯爵家が相応しくないと拒絶。
それに加えて王都ではティンナール伯爵家やエディットの醜聞で溢れているらしい。
『ドレスを買えない嫉妬からシュリーズ公爵夫人に暴力を振るった』
『シュリーズ公爵夫人を傷つけた常識知らず』
『シュリーズ公爵に喧嘩を売った。爵位もわからない愚かな令嬢』
『王都から追放、実は借金まみれだったティンナール伯爵家』
『ティンナール伯爵はお盛んで娼館に出入りして娼婦を口説き落とすために大金を使い込んでいる』
『エディットはわがまますぎて婚約者ができない』
数日の間におもしろおかしく噂は広がっていく。
あることないこと言いたい放題らしい。
貴族たちはヴァネッサが今まで表に出ることがなかった。
そのためヴァネッサがティンナール伯爵家出身でエディットの姉だということも知らないのだ。
そのせいでエディットが恥知らずということになってしまっている。
「……信じられない」
そんなことも知らずにのこのこと買い物にやってきて店から拒絶されているのを笑われていたのだ。
そのことに気づいた瞬間、全身から血の気が引いていく。
周囲にいる人々から馬鹿にされて笑われていることにやっと気がついたのだ。
「どうしてこんなことをしちまったんだろうねぇ」
「お貴族様の考えることはわかんないがやりすぎだよな!」
「ティンナール伯爵家も落ちたもんだね」
クスクスと笑い声がここまで聞こえる。
ここが現実だとは思えなかった。
(なに……何が起こっているの? わたくしがこんなことを言われるなんて信じられない)
それは両親も同じ気持ちらしい。
父の顔が真っ青になっていて、母は怒りで震えている。
母が持っていた扇子がバキリと折れてしまったが、それもティンナール伯爵家を嘲笑う声でかき消されてしまった。
(どうなっているのよ! いつものようにヴァネッサに接しただけなのにっ)
エディットは逃げ帰るようにして王都を後にした。