⑤⓪ エディットside1
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エディットは王族御用達のブティックから放り出されて呆然としていた。
ここの店を予約するために父に頼み込んで、一カ月も待ったのにドレスを買うことができなかった。
この店は国一番のブティックといっても過言ではない。
ここのドレスを着ることができるのが貴族間の中でもステータスなのだ。
オーダーのドレスを作れるのは選ばれた人のみ。
今日のために体型も整えて王家主催のパーティーに向けて、勝負するつもりだった。
王家主催のパーティーでティンナール伯爵家の権威を見せつけたかった。
そして一緒に伯爵家を支えていくエディットに相応しい見目がいい婚約者を見つける予定だったのに。
(どうしてわたくしが外に出されて、あのヴァネッサが店にいられるというの?)
怒りに震えるエディットと同じように母も衛兵に抗議を繰り返す。
父は「おい、やめてくれ!」と言って叫んでいるが聞く耳を持つ様子はない。
(この店はわたくしよりも、ヴァネッサを選ぶというの!? そんなのあっていいはずないでしょう?)
エディットは現実が受け入れられずにいた。
いつも汚くて、使用人としてこき使われていたヴァネッサがエディットより上なわけがないのだ。
屈辱的な扱いを受けて、エディットの怒りは増していく。
顔が真っ赤になり拳を握りながら震えていた。
(わたくしには婚約者がいないのに、ヴァネッサにはあんなに素敵な旦那様がいるなんて……!)
それに加えてヴァネッサが嫁いだシュリーズ公爵の端正な顔立ちにもエディットは心を奪われていた。
シルバーグレーの美しい髪、長い前髪の隙間から見えるルビーのような瞳は人目を惹きつける。
噂では人体実験をしている、兄を殺して家を乗っ取ったと言われていた。
しかし実際にシュリーズ公爵を見た感想はまったく違った。
元妻が二人いたとしても当然のように思えた。
色気があり背も高く品性が滲み出ている。
悪い噂など彼への嫉妬から流されたものに違いない。
今までの怖いイメージなど吹き飛んでいく。
まさにエディットが求めていた理想の男性そのものだ。
(なんてかっこいいの……! あれがヴァネッサが嫁いだシュリーズ公爵? 噂なんて全部嘘だったのよ!)
シュリーズ公爵を見て、自分がヴァネッサの立場だったらと想像してしまう。
(もしわたくしがシュリーズ公爵家に嫁いでいたら? 彼の隣にいたのはわたくしだったのかもしれないじゃない……!)
エディットは彼に守られていたヴァネッサを想像して親指の爪を噛む。
父に腕を掴まれて、母と共に馬車の中へ戻される。
母は怒りが収まらないようで、金切り声を上げながら父の行動を咎めていた。
エディットはシュリーズ公爵と共にいるヴァネッサの姿を思い浮かべながら悔しさから声を上げる。
「あんな屈辱的な思いは初めてだわ! どうにかしてちょうだいっ」
「そうよっ! このまま引き下がると言うの!?」
「はぁ……いい加減にしてくれ」
父はため息を吐いた。
けれどいい加減にしてと言いたいのは、こちらの方だ。
エディットは焦る父を見ながら、三カ月前のことを思い出す。
ティンナール伯爵家は父の事業が失敗して苦しい状況だと言っていた。
いつも父はどこかに出かけていくが、焦っている様子もなかった。
だが、エディットにはどうでもよかった。金があればどうでもいい。
ヴァネッサがいなくなり仕事の負担が増えたせいか、侍女や侍従たちから不満が出るようになった。
ティンナール伯爵家の使用人たちはどんどん辞めていき、今までの生活ができなくなる。