④⑧
「……はぁ!? 何言ってんのよ! コイツは……っ」
エディットはヴァネッサを指差しながらそう言った時だった。
男性はエディットの行動を咎めるように叫ぶ。
「シュリーズ公爵夫人に出会い頭でこのような振る舞いをするなど、伯爵家の人間であっても許されることではありませんぞ!」
「シュリーズ公爵、夫人……?」
「……ヴァネッサが」
「だってヴァネッサは……なんで」
シュリーズ公爵夫人はヴァネッサのことを指している。
ティンナール伯爵たちはヴァネッサがシュリーズ公爵家に受け入れられることを想像もしていなかったのだろう。
まさかヴァネッサが使用人でもなく捨てられることもないとは彼らには想像もできなかったのかもしれない。
だからこのような暴挙に出たのだ。
ふと我に返ったようなエディットはヴァネッサを見て悔しそうに眉を寄せている。
当たり前の話だが、伯爵家よりも公爵家の方が身分が高い。
つまりエディットは店に入った途端に、公爵夫人であるヴァネッサを罵り侮辱して暴力を振るったことになる。
「ティンナール伯爵家はそんな常識すら教えていないのですか!?」
「……ぁ」
「信じられません。長年、この店で働いてきましたが、こんな横暴で非常識な貴族は初めて見ましたっ」
男性がティンナール伯爵たちを見下しながら、そう言った。
次々に送られていく軽蔑が込められた視線に三人はやっと自分たちがやったことの重さに気がついたのだろう。
周りにいた貴族の客からもティンナール伯爵たちを咎める声が聞こえてくる。
ヴァネッサには誰かはわからないがエディットと同じ歳くらいの令嬢も複数人いるため、彼女にとっては恥ずかしいことなのかもしれない。
そのことを裏付けるかのようにエディットの顔がどんどんと真っ赤になっていき、顔を隠すように伏せてしまった。
ティンナール伯爵夫人はじっとヴァネッサを睨みつけたまま動かない。
ヴァネッサがシュリーズ公爵夫人だということが信じられないのだろうか。
三人の呆然とした表情がヴァネッサの目には滑稽に映った。
すると三人の周りには衛兵たちがやってきて、彼らを取り囲んでいく。
「わたくしたちは客なのよ!? どうして!?」
「あなたたちはこの店に相応しくありません」
「よくもそんなことを言えるわね! わたくしたちを侮辱したことをいつか後悔させてやるわっ」
エディットとティンナール伯爵夫人の怒りは男性へと移る。
ティンナール伯爵は必死に止めようとするも、二人には関係ないようだ。
抵抗しているエディットたちを気にすることなく、そのまま店から追い出してしまった。
その間、従業員たちはエディットがヴァネッサにしたことを事細かく話していく。
先ほど紅茶を持ちに行った女性も申し訳なさそうにしているではないか。
話を聞き終わると、ギルベルトは血が滲むほどに唇を噛み締めている。
彼がヴァネッサのために怒ってくれるのは嬉しいが、今はそれすら伝えることができない。
「組合にはティンナール伯爵家の出入りを禁止させますので。王都にあるほとんどの店が彼らを拒絶することになるでしょう」
「……そうしてくれ。二度と彼らの顔を見たくない。不愉快だ」
「こちらの不手際です。申し訳ありませんでした。シュリーズ公爵」
「ティンナール伯爵に抗議の手紙を書く。今すぐだ」
「すぐに手配いたします」
周囲は慌ただしく動いているのをヴァネッサは呆然と見つめることしかできなかった。
ただティンナール伯爵家がよくない方向に向かっていることだけは理解できた。