④⑥
「ウフフ、ここで買い物できるなんて夢みたいだわ! さすがお父様っ」
「可愛いエディットのためだ。無理もできるさ」
「……素敵ね。さすが王族御用達のブティックだわ」
話している内容なんて何も頭に入ってはこなかった。
その声を聞いただけで、誰が話しているのかがハッキリとわかってしまう。
全身が硬直して、鳥肌がブワリと立った。
(どうして……ここにいるの?)
咄嗟に俯いたヴァネッサだったが、手のひらが汗ばんでしまい震えているのがわかった。
(大丈夫よ。わたしはもう関係ない……赤の他人に怯える必要なんてないわ)
心は強く保っているはずなのに、体が言うことを聞いてくれない不思議な感覚だった。
このまま通り過ぎるのを待っていればいい、そう思っていたのに現実はそううまくはいかないようだ。
「……え? 嘘でしょう?」
エディットの視線を感じてヴァネッサは肩を揺らした。
反応をしてしまったことで、ヴァネッサだとわかってしまったらしい。
ティンナール伯爵と夫人もこちらを見て、驚愕の声を上げているではないか。
「まさか……! そんなはずはっ」
「……嘘よ、ありえないわ」
大金と引き換えでヴァネッサは嫁いで行った。
もう消えてなくなった娘が、まさかこんなところにいるとは夢にも思わなかったのだろう。
「この汚い髪、見覚えがあるけどまさか……」
足音がこちらに近づいてくるが一歩も動けない。
ヴァネッサの精一杯の抵抗は俯いて顔が見えないようにすることくらいだろうか。
(このままどっかに行って……!)
ここはブティックだ。まさか表で横暴な振る舞いや暴言を吐くはずがない。
そう思っていたヴァネッサだったが、予想外なことが起こる。
突然、前髪を鷲掴みにされて抵抗する暇もなく、引き上げられてしまう。
「いたっ……!」
「まぁ……! 見てよ、お父様、お母様! 役立たずのヴァネッサじゃないっ!」
エディットのライトゴールドの髪が見えた。
血走ったブルーの瞳は、怯え震えるヴァネッサを映し出していた。
「信じられない……! 肌も綺麗になってるし咳もしてないわ。どうしてこんなところにいるのかしら」
「なんて穢らわしいの! まさかまだ生きていたなんて……!」
「お、おい……エディット! こんなところでやめるんだ」
ティンナール伯爵はヴァネッサに暴言を吐き散らすエディットを止めようとしている。
周囲の視線が気になるのだろうか。
しかしエディットと伯爵夫人はヴァネッサの身なりや肌、服装などを舐めるように見ている。
「どうしてここにいるのよ! 答えなさいよ、グズッ」
「……ゴホッ」
一体、二人は何を思いこんな行動をとっているのかヴァネッサには理解できなかった。
普通に考えれば貴族でなくとも、店で掴みかかるなどありえないだろう。
非常識な二人の勢いはますます増していく。
まるでヴァネッサしか視界に入っていないようだ。
「あら、やっぱり咳はまだ治っていないのね。ああ、汚いわ!」
「ティンナール伯爵令嬢、おやめくださいっ」
「ちょっと! わたくしに気安く触るんじゃないわよっ」
従業員たちが声を上げながらヴァネッサを守るように腕を伸ばす。
ティンナール伯爵夫人も叫び声を上げながらヴァネッサを罵っているではないか。
しかしエディットがヴァネッサの前髪を掴んだまま離さない。
ヴァネッサも抵抗しているが、すごい力で髪を引かれて動かすことができなかった。
「ここはっ、あんたがいていい場所じゃない! それにいくら着飾っても所詮流行遅れのダサいドレス、あんたに似合わないのよっ!」
ヴァネッサがここにいることが気に入らないようだ。