④⑤
ヴァネッサは初めて見るものばかりだ。
ぬいぐるみや羽根ペンなどはさすがにわかるが、見たことがない雑貨はどう使えばいいかさっぱりだ。
アンリエッタが購入した大量の箱は荷馬車へと運ばれていく。
明らかに周囲の視線を集めていることがわかる。
アンリエッタとギルベルトは気にする様子はないが、ヴァネッサは今までにない状況に緊張してしまう。
(ここでわたしが公爵夫人としてしっかり振る舞わなくちゃ……!)
今まで学んだことを活かすようにヴァネッサは背筋をピンと伸ばした。
今度は本命のドレスショップへと向かう。
見たことがないほど大きく高級そうな城のような建物が見える。
少し離れた場所で馬車が止まる。護衛は外で待機しているようだ。
心臓がバクバクと音を立てていた。
(わたし……ちゃんと公爵夫人らしく過ごせるかしら)
ヴァネッサはギルベルトに腕を引かれながら建物の中へと入る。
ギルベルトは慣れた様子だが、ヴァネッサはカチカチになっていた。
なんとか笑みを貼りつけて誤魔化すのが精一杯である。
深々と頭を下げる販売員の中で一番、偉いのであろう男性がギルベルトと親しげに話していた。
「ギルベルト様、お久しぶりでございます」
「ああ、手紙で送った通りだ。二人のパーティードレスや妻のヴァネッサのものを揃えにきた」
「もちろん、用意しております」
男性はヴァネッサを見てニコリと微笑んだ。
ヴァネッサもなんとか笑みを浮かべているが、その顔はもう引き攣り始めていた。
そんな時、ギルベルトがヴァネッサの耳に唇を寄せる。
「緊張しなくてもいい。ちゃんと個室は取っている」
「……ギルベルト様」
ギルベルトはヴァネッサを気遣ってくれているのだと思った。
彼と目が合うと、いつもとは違う雰囲気に慌てて目を逸らす。
ギルベルトの不思議そうな視線を感じていたが、今は目を合わせて受け答えできそうになかった。
胸元を押さえて深呼吸を繰り返しているとヴァネッサの緊張も徐々に解けていく。
突然、アンリエッタがお腹を押さえてうずくまる。
「いたた……お腹が」
「アンリエッタ、大丈夫?」
「うぅ……! お腹が痛い」
ヴァネッサが椅子に座って体を丸めるアンリエッタの背を摩る。
気合いを入れて締めているコルセットが食い込んで苦しそうだ。
どうやらケーキを食べ過ぎたことで、アンリエッタはお腹が痛くなってしまったようだ。
ヴァネッサが心配していると、ギルベルトが後ろに控えていたレイたちに慣れた様子で指示を出す。
セリーナもいつも薬を入れている長方形の茶色のカバンを持って現れる。
「はぁ……やはりこうなったか。ヴァネッサ、少し待っていてくれ」
「わかりましたわ」
「行くぞ、アンリエッタ。だから食べすぎるなとあれほど言ったのに」
「だって、ケーキが美味しすぎたんだもの」
たしかにヴァネッサが一つのケーキを食べ終わるまでにアンリエッタは三つほど平らげていた。
ギルベルトとアンリエッタ、カバンを持ったレイと着替えを手伝うためにセリーナが男性に案内されてどこかへ向かう。
ヴァネッサのそばには女性がやってきて「先に見られますか?」と声をかけてくれた。
しかしヴァネッサ一人で見たとしても何もわからない。
レイかセリーナのどちらかがいてくれたらまた違ったかもしれないが、と考えながらゆったりと首を横に振る。
ヴァネッサは女性に案内されるがまま椅子に腰を掛ける。
「紅茶をお持ちいたします」
そう言って、紅茶を持ちに向かった。
(アンリエッタ、大丈夫かしら……)
慌ただしく動く従業員を見ながらアンリエッタたちが来るのを待っていた時だった。