④⓪
「ヴァネッサ、大丈夫……? 随分と疲れているようだけど」
「だ、大丈夫よ。アンリエッタも足が痛そうだけど平気?」
「平気じゃないわ! お父様が呼んでくれた講師、今までとは全然違うわ。厳しすぎて泣きそうよ!」
「そうよね……」
アンリエッタもヴァネッサと共に淑女としての訓練を受けているそうだ。
ギルベルトが呼んでくれた講師たちは一言で言えば、とても厳しい。
なんせ王女の教育係も務めているそうで、ヴァネッサは容赦なくしごかれていた。
「でもこれを乗り越えたら素晴らしい淑女への道へ近づけるような気がするの!」
「……ヴァネッサ」
「一週間前とは違うわたしになれた気がするわ」
ヴァネッサはそう言って訓練の成果を見せるようにカップを持ち上げてにこやかに微笑む。
それを見てアンリエッタも負けじとカップを持ち上げる。
「お互い頑張りましょう!」
「わたくしもヴァネッサに負けないように頑張るわ!」
「「…………はぁ」」
こうして互いに士気を高めて、ため息を吐きながら地獄の訓練へと戻っていく。
講師から今日も容赦ない注意が入る。
「そこで体勢を崩さない」
「はい! ゴホッ……」
「少し休憩いたしましょう。十分後に再開しますよ」
「あっ……」
「勘違いしないでくださいませ。喉が渇いただけですわ」
「ありがとうございます……!」
ヴァネッサの体調を考えつつ動いてくれる講師には感謝していた。
厳しい中にも優しさが見える。
一番ありがたいと思ったのは変にヴァネッサに対して遠慮をしたりしないこと。
もちろん体調が悪い時は別だが、ヴァネッサの境遇を知っても態度を変えることなく、事実を伝えてくれた。
『この歳ではこのレベルは当たり前よ』
褒められて甘やかされるよりはずっといい。
何故ならできないままで終わりたくなかったからだ。
やったらやった分だけうまくなる。勉強したら勉強した分だけ知識がつく。
それは今までやりたくてもできなかったことだ。
だからこそやる気が止まらないではないか。
ひたすら動いていると、とにかくお腹も空いてくる。
ベッドに寝ているだけの時とは大違いだ。
量はどんどんと増えていき、今ではパンをおかわりするようになった。
骨ばっていた体も徐々に丸みが出てきたような気がした。
とにかくこうして動けることが幸せでたまらない。
ヴァネッサは夢中だった。
そんな生活を三週間続けたのだが……。
ついに高熱が出てしまった。
どうやら無理が祟ってしまったらしい。
(体調には気をつけていたけど、ここ数日はあんまり寝ずに復習していたのがよくなかったのかしら……)
ヴァネッサは自室のベッドで休みながら嫌な予感をひしひしと感じていた。
レイとセリーナが心配する中、シーツに潜りながらヴァネッサは震えていた。
「レイ、セリーナ……ギルベルト様には言わないでくださいお願いしますお願いします」
「ですが……」
「お願いしまっゴホッ、ゴホ……!」
咳き込みつつ懇願していたヴァネッサだったが二人は難しい顔をしている。
「ヴァネッサ様、それは難しいと思いますわ」
「明日までには気合いで治すわ! らいじょうぶ、絶対に治すからぁ」
「そういうことではなく……」
ヴァネッサがそう力説しつつ視界が歪んでいることに気づく。
そんな時、ホワイトゴールドの髪がヴァネッサの前でサラリと流れた気がした。
今日はアンリエッタとの大好きなお茶の時間には行けそうにない。
「ごめんなはい、今日はお茶ひ行けそうににゃいの……」
「……」
熱のせいか呂律がうまく回らなくなってくる。
ヴァネッサはアンリエッタが何も言わないことを不思議に思っていた。
体を起こして視界がぐるぐると回る中、ヴァネッサは腕を伸ばしてアンリエッタの頬を撫でる。