③⑧ ギルベルトside5
「お前、今自分がどんな顔をしているのか知らないだろう?」
「……?」
ニヤリと唇を歪めるヨグリィ国王を見て、ギルベルトは首を傾げる。
「ギルベルト、まさか自覚していないのか?」
「何をでしょうか?」
「随分とヴァネッサのことが好きなんだな」
「……違っ! 危なっかしくて見ていられないだけですから!」
「ハハッ、そういうことにしておこう」
ギルベルトは苦い表情で咳払いをする。
「まぁ、いいさ。だが、パーティーに参加したいというのは彼女たちの提案なのだろう?」
「はい……断るべきだったのでは、と」
「だが貴族である以上、社交界からは逃げられない。彼女たちを信じて、自分ができることをやるべきではないか?」
「……!」
ヨグリィ国王の言葉は正しいと思った。
(俺にできることは……彼女たちを手伝い、害為すものから守ること)
あんなに楽しそうなアンリエッタを見たのはいつぶりだろうか。
純粋な好意を寄せてくれたヴァネッサの気持ちに今は応えられないのは医師としてのプライドからだ。
本当なら彼女に気持ちを伝えたいが、今はまだ無理なのだ。
ギルベルトは薬をヨグリィ国王に渡す。
彼は後ろにいた執事に声をかけられて「時間か」と言って立ち上がる。
それからギルベルトに資料を手渡す。
「ギルベルトに頼まれていたティンナール伯爵家の件だが、思った以上に悲惨だ……目も当てられない」
「……!」
「前ティンナール伯爵が悲しむ結果になるだろうな。彼は立派に領を治めていたが……今は見る影もない」
ギルベルトも前ティンナール伯爵のことは知っていた。
彼は厳格だが、とても素晴らしい人だった。
一代で数々の功績を残して陞爵し伯爵を賜るほどだ。
彼が病で亡くなるまではティンナール伯爵領はとても評判が良かった。
元伯爵夫人も後を追うように亡くなってしまい、現ティンナール伯爵はやりたい放題。状況は最悪だった。
「こちらも色々な報告を受けていたが、決定打はなかった。今後しかるべき罰を与えることになるだろうが、パーティーまでには間に合わない」
「……」
「今はお前が払った金があるからな。それも事業に使っているのではなく娼館に注ぎ込んでいるらしい……またヴァネッサを使い金の無心をしてくるかもしれない。気をつけろよ」
「……わかりました。ありがとうございます」
時間の問題だが今はその時ではないと言うべきだろう。
ヴァネッサを救うために払った金が逆に彼らに猶予を与えてしまったようだ。
だけど自らの首を絞めるような形で落ちぶれていくのだろう。
「それから……ヴァネッサを幸せにしてやってくれ。ワシもここに来るまで資料を見たが……途中で耐えられんかった」
ヨグリィ国王はそう言って目頭を押さえた。
「いかんいかん、歳のせいで涙もろくてな」
「そんなに俺と変わらないでしょう?」
「ガハハッ! 威厳は大切だろう?」
ヨグリィ国王は多数の護衛を引き連れて屋敷から出て行った。
まるで嵐が去っていくようだった。
静まり返った部屋で、ギルベルトは渡された資料をめくっていく。
ページをめくるたびに次第に震えが止まらなくなっていった。
(なんだ……なんだこれは! こんなこと許されていいはずがないっ!)
ギルベルトは拳を握り、思いきりテーブルを叩いた。
行き場のない激しい怒りがギルベルトを支配する。
頭がどうにかなってしまいそうだった。
今まで彼女がどんな状況で生きてきたのかが赤裸々に書かれていた。
ティンナール伯爵家に出入りしている商人や御者からの調査だが、彼らもあまりの扱いに話すことを躊躇したという。
今になりヴァネッサがとっていた行動の意味をすべて理解する。
(俺が……もっと早く動けていればヴァネッサは必要以上に苦しまずに済んだかもしれない)
後悔ばかりが込み上げる。
ヴァネッサを救い出せて安心するのと同時に健気に強くなるという彼女の気持ちに心打たれた。
『わたしもギルベルト様とアンリエッタのために強くなりますからっ!』
誰にも守ってもらえなかったヴァネッサはどんな気持ちでこの言葉を言ったのか。
そのことが大きく心を揺さぶる。
「ヴァネッサ……君は俺が何としても守る」