③⑦ ギルベルトside4
生家に迷惑をかけていると言われ続けたリリアンは生きることを諦めているようだ。
彼女の家族に診察を任されたギルベルトは、あまりにもひどい扱いのリリアンを救い出すために結婚を決めた。
そこに愛があったのかと問われたら微妙だが、まだ若かったギルベルトは医師としての使命感から動いていた。
家族と引き離し精神状態は落ち着き、リリアンは笑顔を見せるようになった。
だがリリアンは子を持つことに執着していた。
もはや呪いのようなものだったのだろう。
子を持つことがすべてではない。子を産めばリリアンの体が持たないと説得していたのだが……。
ギルベルトは彼女の呪いを解くことはできなかった。
日に日に病んでいくリリアンにギルベルトは心が揺れていた。
彼女は身籠りアンリエッタを産んだ。
そして今まで見たことがないほどに幸せな表情で息を引き取った。
そのすぐ後、レオが事故で亡くなりギルベルトが爵位を継いだ。
産まれたばかりのアンリエッタと共に。
後々聞いた話によれば、レオたちは結婚してから何年も子ができなかったそうだ。
そのことにレオの妻はかなり気に病んで体調を崩してしまう。
ギルベルトとリリアンに子ができたことを気にしてだろうか。
ギルベルトが爵位を奪ったと言われるのはこの件が原因だった。
リリアンがいなくなり、数年経って二番目の妻のクロエと出会う。
シュリーズ公爵として夜会で大嫌いな人付き合いをする中、彼女は人の婚約者を奪ってばかりいる悪女だと罵られていた。
グラスで殴られて顔を傷つけられたことで、ギルベルトが王宮で手当てしたことがきっかけだった。
顔に傷を負ったクロエは『お前に価値はない』と、子爵家を追い出されてしまった。
彼女は愛人の子どもだったようで、ずっと虐げられてきたそう。
ギルベルトは放っておけずに引き取ることになった。
クロエは社交界の華と呼ばれるほどに美しい女性だったらしい。
だけど令嬢たちの嫉妬の的だったのだろう。
傷は治ったが顔の皮膚は引き攣れて、彼女はすっかりと塞ぎ込んでしまった。
だが、アンリエッタの存在が彼女を救っていった。
まだ幼いアンリエッタは何も覚えていないだろうが、クロエは笑顔を取り戻していく。
『母親として強くなるわ』
そう言ったクロエは化粧を使い傷をうまく隠した。
クロエは次第に快活になっていき以前の輝きを取り戻していた。
リリアンのようにはさせない。
今度こそ彼女を幸せにしようと結婚した矢先だった。
公爵夫人となったクロエは招かれたお茶会で毒を盛られたのだ。
犯人はすぐに捕まった。
クロエを傷つけ、彼女に嫉妬していた元令嬢たちの仕業だったのだ。
彼女たちはクロエからの報復を恐れた。
公爵夫人となった彼女が自分たちを恨み虐げ続けるのではないか。
社交界で安寧は訪れないと犯行に至ったのだ。
ギルベルトが駆けつけた時には彼女は息を引き取った後だった。
己の無力さを悔いた。
彼女たちは処刑されたが、クロエが戻ってくることはない。
アンリエッタはずっと泣いていた。
何人もの令嬢たちが処刑されたことで、彼女たちの生家や婚約者たちや夫があらぬ噂を流したのだろう。
クロエの傷のことや、医師の仕事を続けていることも相俟って人体実験をしていると噂が流れていく。
ギルベルトは人の悪意に絶望した。
もう二度と妻は迎えない。誰も救えないのはごめんだった。
だけどある元医師からヴァネッサの話を聞いて放ってはおけなかったのだ。
彼は夫人から金を積まれて虚偽の報告をしたことがあるそうだ。
『病でもないのに治療もせずに、言われるがまま子を産めないと決めつけた』
それがティンナール伯爵家のヴァネッサを知るきっかけだった。
ギルベルトはヴァネッサとどうにか接触を試みるも、ことごとく失敗に終わる。
彼女を救い出すためにギルベルトができることはたった一つだけだ。
ギルベルトは迷ったがヴァネッサを迎え入れることを決意したのだ。
「ヴァネッサは……少しずつ過去に向き合い、本来の彼女を取り戻しています。ティンナール伯爵家に会ったら、彼女の妹であるエディットに傷つけられたらどうしたらいい?」
「……!」
「ヴァネッサの笑顔がもし失われたら……」
ギルベルトの表情を見て、ヨグリィ国王は目を見開いた後に顎を押さえた。