③⑥ ギルベルトside3
「……なるほど。ワシを三十分も待たせたのにはそんな理由があったわけだ」
「申し訳ありません。陛下」
「よいよい、急に連絡したワシも悪いからな」
ギルベルトはそう言いつつも手を動かしていた。
診察を終えて、遅れを取り戻すように薬の調合を手際よくやっていく。
椅子に腰掛けているのはヨグリィ王国の国王でギルベルトの従兄弟だ。
(時間に遅れるなど、俺らしくもない……)
ヴァネッサの願いを受け入れたのは、ギルベルトも体力的にも精神的にも限界だったからだ。
もしあのままだったら調合を間違えて一大事になっていたかもしれない。
または途中で倒れて意識を失い、薬を作ることができなかったのかもしれない。
結果的にはヴァネッサのおかげで防げたといっていいだろう。
だが忙しいヨグリィ国王の時間を取らせてしまったのは事実だ。
「よいよい、可愛い妻の願いじゃないか。むしろお前の体調を気遣うなど立派ではないか!」
「…………」
「それにお前の悪癖を抑え込める貴重な人材だな」
「悪癖? 何のことです?」
「無理をして働きすぎるところに決まっている。体調を崩して娘を悲しませなくてよかったじゃないか」
ヨグリィ国王はそう言ってニヤリと笑う。
すべてを見透かされているようだ。
無理をしすぎて体調を崩せばアンリエッタに心配をかけてしまう。
実際、何度も彼女に心配かけて泣かせてしまったことがあった。
今回はそれが避けられてよかったと思うべきだろうか。
(体調管理ができないなんてまだまだだな。今は頭がスッキリとしている。これもヴァネッサのおかげだな)
ギルベルトは紙に薬を少しずつ分けていく。
「……で、今回はどうして急に薬が必要になったのですか?」
「急に公務で隣国に行かなければならなくてな。だが、お前の薬でないとダメなんだ。王城勤めの医師や薬師たちのプライドを傷つけたくないんだ」
「…………はぁ」
ギルベルトはため息を吐いた。
お忍びでヨグリィ国王がシュリーズ公爵邸にやってきては薬を求めるのはいつものことだ。
彼は持病があり、その発作がでないようにギルベルトの薬を欲していた。
元はギルベルトも王都の王城で働いていたが、今ではこうしてシュリーズ公爵としてここにいる。
「レオが亡くなってから、もう七年になるのか。時が経つのはあまりにも早い」
「……そうですね」
レオとはギルベルトの兄である。
ヨグリィ国王とレオは同い年で気の合う親友だった。
本来、シュリーズ公爵を継ぐのは彼だった。
ギルベルトはシュリーズ公爵家の次男として生まれた。
優秀な兄のレオがいる以上、ギルベルトは令嬢と結婚して家を継ぐか、自ら爵位を賜るか、または医師や弁護士など職を得るか、だ。
レオと違い、口下手で人付き合いが苦手で愛想もないギルベルトは貴族というものがどうも苦手だった。
故に貴族社会で生きていく選択肢はない。
本を読むのも勉強するのも好きだったため、医師になるという道を選んだ。
レオはちょうど七年前、馬車の事故で亡くなってしまった。
ギルベルトが二十二歳、レオが二十七歳だった。
その時、レオの妻も一緒に亡くなった。二人に子どもはいなかった。
「今でもレオ兄さんがいてくれたらと思う」
「……ギルベルト」
「俺には荷が重過ぎますよ」
「そんなことはないさ。お前はよくやっている」
ギルベルトはヨグリィ国王の言葉に笑みを浮かべた。
「ギルベルトは自己評価が低すぎるんだ」
と、いつものように話をしつつ、王家主催のパーティーにアンリエッタが参加することを話す。
「……アンリエッタとヴァネッサが心配なんです」
「ギルベルト……」
「彼女たちを傷つけたくない」
ギルベルトは過去を思い返していた。
後悔ばかりの過去だ。
こうして無理をしてでも人を救いたいと思うのも贖罪の気持ちからなのかもしれない。
ギルベルトはレオが亡くなる数年前、往診の際に虐げられている貴族の令嬢を救い出した。
アンリエッタの母親のリリアンだ。
彼女は病弱ゆえに子を成せないだろうと、婚約を断られて二十五歳になっても生家にいた。
体が弱いことを理由に修道院に行くことも許されず邪険にされてずっと虐げられていたのだ。