③④
(わたしのばかばか……っ! 今すぐに赤くなっている頬よ、治まりなさい!)
急にギルベルトのことを意識してしまい自分でも戸惑っていた。
明らかにギルベルトの視線がこちらを向いていることに気づいていた。
つまりヴァネッサの反応が彼にバレてしまっているのだ。
ヴァネッサは自分の中にあるギルベルトに対する感情を自覚しつつあった。
というよりも先ほどのアンリエッタの話を聞いたことで、更にギルベルトのことを好きになってしまう。
それに彼のことを好きにならない女性などいないのではないか。
彼はこんなにも優しくて人のために動ける人だ。
ヴァネッサはギルベルトを心から尊敬していた。
それにギルベルトはヴァネッサを救い出してくれた恩人でもあり、形式上ではあるが夫婦なのだ。
前世含めて恋愛未経験者のヴァネッサには、ギルベルトを意識するなと言われる方が難しい。
それに加えて大人の色気や初恋のレン先生に似た端正な顔立ち。
ヴァネッサのためにここまでしてくれたギルベルトには感謝と共に湧き上がる特別な気持ち。
(好きにならない方が無理でした……!)
恥ずかしさに耐えきれなくなり、ヴァネッサは自分の顔を手のひらで覆う。
(ギルベルト様の顔を見ることができないわ! けれど夫婦なんだからこの感情は正しいし、ゆくゆくは大人の階段を登ることだってあるかもしれないじゃない……って、今はそんなことを考えている場合じゃないわ! わたしよ、落ち着いて!)
部屋には沈黙が流れていて、そのことに耐えかねたヴァネッサはたまらず声を上げる。
「や、やましいことは一切、考えておりませんから……!」
「……!?」
自分から出た言葉に驚愕して震えてしまう。
指の隙間からは、ギルベルトが目を見張っているところが見えてしまう。
(キャアアア、ハレンチな女だと思われてしまったかしら!)
なんとか自分の失言をカバーしようと慌てて口を開く。
「ただっ、好きなだけですから!」
「…………まさか俺のことを?」
「──はいっ!」
まるで点呼された時のように礼儀正しい返事をしてしまい、もうヴァネッサの顔は茹蛸のように真っ赤になっている。
思わぬ形で今まで溜め込んだ気持ちを吐き出してしまった。
もう恥ずかしさの限界を突破したヴァネッサは、一周回って落ち着いてきたではないか。
それにここまで言ってしまえば、怖いものはなくなっていた。
(人間なんていつまで生きられるなんてわからない! ちゃんと自分の気持ちは伝えていかないとっ)
それは前世で学んだ教訓のようなものだ。
明日、急に意識がなくなり死んでしまうかもしれない……なら、今伝えるしかないではないか。
吹っ切れたヴァネッサは手のひらを顔から離す。
「そのっ……夫婦ですし、わたしはギルベルト様を素敵だと思っていますから」
「…………」
「だから……っ、ごほ、ゴホッ」
無意識に荒い呼吸を繰り返していたようだ。
興奮しすぎたせいでヴァネッサは咳き込んでしまう。
ギルベルトはすかさずヴァネッサの背を撫でる。
こういう気遣いはギルベルトらしい。
ヴァネッサの咳が落ち着いた頃にギルベルトは口を開く。
「……ありがとう、ヴァネッサ」
「え……?」
「君の気持ちはとても嬉しいよ」
ギルベルトはそう言いつつも優しい表情をしている。
もしかして期待をしてもいいだろうか。
ヴァネッサの心臓はドキドキと音を立てていた。
しかしギルベルトから告げられたのは信じられない言葉だった。
「だが、今は君の気持ちに応えるわけにはいかない」
「…………!」