③①
(アンリエッタがここまで言ってくれたんだもの。わたしがあの人たちに負けてはダメ。心の中だけでも絶対に勝たないと……!)
ヴァネッサはそう決意した。
もう彼らはそばにいないし、ヴァネッサを虐げることはできはしない。
そう思えば怯える必要などないではないか。
「わたしもアンリエッタとギルベルト様を守りたい……だからわたしは強くなるわ!」
「ヴァネッサ……!」
ヴァネッサは力強く頷いた。
アンリエッタは後ろを振り向いて、二人を見守っていたレイやセリーナ、ジェフに問いかける。
「ジェフ、次の王家主催のパーティーまでどのくらい時間があるのかしら」
「一カ月半ほどかと」
「お父様は今回のパーティーには参加する予定よね?」
「……恐らく。迷ってはおられるようですが」
ヴァネッサは王家主催のパーティーについて思い出していた。
それは物語の番外編の話だ。
ギルベルトとアンリエッタが二人で王家主催のパーティーに参加しようと思っていた数日前。
ヴァネッサはアンリエッタの前で自ら命を絶った。
もちろんギルベルトとアンリエッタはパーティーに出席することはなかった。
そして貴族たちが集まる王家主催のパーティーで、ヴァネッサが亡くなりシュリーズ公爵の悪評が広がってしまう……そのことを思い出していた。
(その悪評によってギルベルト様との間で決定的な亀裂が生まれてしまい、彼女は……)
行き場のない悲しみや怒りをアンリエッタはギルベルトにぶつけていた。
『こんなことになったのは全部お父様のせいよっ! お父様が悪いのっ』
『…………!』
『お父様なんか大嫌いっ!』
ギルベルトはヴァネッサを救えず、アンリエッタを傷つけて自分を責めたのではないだろうか。
二人の心は完全に離れてしまい、アンリエッタは悪の道へ。
(アンリエッタはあんなにギルベルト様のことが好きなんだもの。ギルベルト様を傷つけた自分を許せなかったんじゃないかしら)
こんなにも良い子なアンリエッタが平気で人を傷つけるようになるなんて信じられなかった。
それに物語のヴァネッサはアンリエッタと関わることは一切なく、彼女をずっと遠ざけていたが、今はこんなにも仲良くなれた。
ヴァネッサが元気になり公爵夫人として相応しくなれば二人にとっての恩返しにもなる。
王家主催のパーティーが勝負なのだ。
「そう、ならまずはお父様を説得しましょう!」
「行きましょう、アンリエッタ!」
「えぇ、ヴァネッサ!」
アンリエッタとヴァネッサは手を繋いでギルベルトの元へと向かう。
しかし彼は部屋にはおらず、どこに行ったか考えていると……。
「そうだわ! 午後の診察があるんだった」
「なら、ヴァネッサの部屋かしら」
アンリエッタと目を合わせて頷いてから、すぐにヴァネッサの部屋へ。
二人で部屋の中に入ると、不機嫌そうなギルベルトが椅子に座っていた。
「ヴァネッサ、アンリエッタ……時間はとっくに過ぎているぞ?」
彼のカバンの横に子どもたちの絵やたくさんの手紙が置いてある。
ギルベルトは仕事の合間に、孤児院や領民たちのために診察に向かっていたのだろうか。
彼は領地管理でも忙しいのに領民たちのために動いている。
そんなギルベルトのことをヴァネッサは尊敬していた。
ギルベルトはいつも忙しそうにしている。
だからこそヴァネッサはギルベルトのために少しでも力になれたらと思っていたのだ。
アンリエッタはギルベルトが怒っていると思い、萎縮しているのだろう。
ぐっと下唇を噛んでいるアンリエッタの代わりにヴァネッサが前に出る。