③
ゴワゴワの髪を乱暴にとかされながら、ヴァネッサは信じられないことを聞いた。
ヴァネッサが今から嫁ぐのは、なんと人体実験を繰り返している恐ろしいシュリーズ公爵という男の元だという。
公爵を継ぐはずだった兄を殺して成り代わった恐ろしい人物だそうだ。
社交界はおろか、外に出たことがないヴァネッサはそれを聞いて恐怖から震えていた。
それをクスクスと笑いながら見つめる侍女たち。
『お前は旦那様に売られたのよ? シュリーズ公爵の奥様は二人いたけど、彼女たちも金で買われて次々と亡くなったんですって……!』
『表舞台には出てこずに屋敷にこもって研究ばかり。被害者はたくさんいるんですって……! お前も人体実験されて今までの妻と同じで死ぬのよ』
『そうそう。いらない令嬢を金で買っているのよ。最悪の嫁ぎ先ね。大金で売られたお前には今からどんな辛いことが待っているのかしら!』
『彼には一番目の妻との間に子どもがいるらしいけれど、彼女のために買っているって噂もあるわ。気に入られなければどうなるのかしら……』
持参金も荷物もいらないそうで、ヴァネッサは大金と引き換えに買われたらしい。
貴族の結婚について学んで知識だけしか知らないヴァネッサにとっては、彼女たちが言っていることがすべて事実に思えた。
(……わたしはシュリーズ公爵に殺されてしまうの?)
今までのヴァネッサの扱いを考えると、そうなってもおかしくはない。
ベージュの髪は綺麗に整えられて、化粧をしているのに肌の赤みは隠れない。
美しいドレスをやっと着ることができたのに少しも嬉しくはなかった。
鏡に映る自分の姿はエディットと比べてしまえば天と地の差がある。
クスクスと聞こえる嫌な笑い声。
ヴァネッサが恐怖に震えて泣いている時だった。
『わたくしのお下がりのドレスはどう? あーあ、全然似合っていないじゃない』
『…………っ!』
『肌もひどいわね。ここまでくるとドレスが可哀想だわ』
現れたエディットはそう言って唇を歪めた。
彼女は今日もとても美しい。
ふっくらとした体、陶器のように白い肌、艶やかなライトゴールドの髪。
横に並ぶだけで別の場所に住んでいると思い知らされる。
『あら、あなたたちまたコイツを虐めているの? 困った子たちね』
『エディットお嬢様、申し訳ありません。先に色々と吹き込んでおきましたわ』
『だっておもしろいんですもの。馬鹿で何も知らないから……ククッ』
『アハハハッ! 言い過ぎよ!』
エディットや侍女たちが何のことを言っているかまでは理解できなかったが、馬鹿にされていることだけは理解できた。
けれどヴァネッサに抵抗する術はない。
『公爵家に嫁げるなんて羨ましいわ! でもわたしは伯爵家を継がなければいけないのよ。代わってあげられなくてごめんなさいねぇ?』
真っ赤な唇を歪めるエディットは楽しそうに笑う。
『でも、次には生きて会えるのかしら……?』
ヴァネッサは先ほど侍女たちが言っていたシュリーズ公爵の話を思い出す。
『シュリーズ公爵は表舞台に一切出てこない。前妻もみーんな死んでる。アンタも結婚するんだからそうなるに決まっているわ』
『…………っ!』
『しかも七年の間に二人も! こんなの異常よ』
青ざめていくヴァネッサを見たエディットは楽しそうに笑う。
『シュリーズ公爵はアンタを人体実験するために大金を払って買ったの! 今からどんな苦痛が待っているのかしら。体を引き裂かれる? 毒で苦しむのかしら』
『ぁっ……』
『シュリーズ公爵の目は血のような赤なのよ? まるで悪魔のようなんですって! 生き血を啜っているとか。その研究に没頭しすぎて……ああ、怖い』
エディットの言葉はヴァネッサを恐怖に陥れるには十分だった。