②⑨
ヴァネッサが一通り話し終えて瞼を開けて顔を上げると、アンリエッタは肩を揺らしてポロポロと涙を流していた。
ヴァネッサの話を邪魔しないように声を押し殺してくれたのだろうか。
それを見たヴァネッサはよくなかったかとハッとする。
(やってしまったわ! まだ七歳のアンリエッタには刺激が強過ぎたのかもしれない)
ヴァネッサは左右に手を振りながら、必死に言い訳を模索する。
「で、でもギルベルト様がこうしてわたしによくしてくださって、アンリエッタもわたしと一緒にいてくれるから……」
「……うぅっ」
「アンリエッタ、泣かないでっ」
ヴァネッサはハンカチをレイにもらいアンリエッタの涙を拭う。
肩を跳ねさせているアンリエッタに戸惑っていると……。
「──ヴァネッサにはわたくしたちがいるわっ!」
「ア、アンリエッタッ!?」
アンリエッタはヴァネッサの胸元を掴みかかるような勢いで顔を寄せた。
その勢いにはヴァネッサも驚いて仰け反ってしまう。
しかしアンリエッタの気持ちが嬉しくて彼女を優しく抱きしめる。
「うぅ……あなたのお母様もっ、ひっく、ヴァネッサに幸せになってほしいって絶対に思っているはずだわ」
「ありがとう、アンリエッタ。それにわたくしたちはどこか似ているわね」
アンリエッタは頷いてからヴァネッサにしがみつく。
ホワイトゴールドの髪を撫でながら彼女の背を摩る。
アンリエッタとどこか親近感を覚えるのは母親を亡くしてしまい、愛を知らないからだろうか。
それにお茶会デビューをしたアンリエッタだったが、シュリーズ公爵の噂のせいもあり遠巻きにされたそうだ。
まだ幼い令息や令嬢たちにとっては、この手の話はかなり好きだろう。
「わたくし、悔しかったわ! 本当は耳を掴んでお父様の素晴らしさを言って回りたかったんだから」
「わたしもよ! アンリエッタと同じでギルベルト様の噂なんて吹き飛ばして家族を見返したいわ」
「そのいきよ、ヴァネッサ! 家族を見返すの。そしたらお父様の評判だって上がるんだからっ」
アンリエッタの『お父様の評判も上がる』と聞いて、ヴァネッサはハッとする。
これはギルベルトに恩を返すチャンスではないだろうか。
「これってギルベルト様への恩返しにもなるわよね!?」
「もちろんよ! お父様は社交界の場は苦手だし、噂なんてどうでもいいって思ってる。だけどわたくしはお父様が悪く言われるのは嫌なの」
「わたしもよ!」
ヴァネッサとアンリエッタの話が盛り上がっていき、勢いよく立ち上がる。
二人でガッチリと握手を交わす。
ヴァネッサとアンリエッタの目的は一致している。
「悪い噂を全部吹き飛ばしたい。どうしたら見返せるのかしら……」
「みんなに認められるなら。そのためには公の場で……」
「わたしたちが……」
「……わたくしが」
「「幸せだって見せつけましょう!」」
二人の声が見事なまでに揃う。
そこからヴァネッサとアンリエッタは真剣に話し合っていた。
紙を持ってくるように頼み、二人で作戦をどんどんと書き込んでいく。
どうすればギルベルトの噂をなくして、ヴァネッサの元家族を見返せるのか。
アンリエッタは友人たちにも父親が素晴らしいことを見せつけたいと言った。
レイやセリーナ、ジェフにも協力を求めつつ、直近で開かれる王家主催のパーティーこそが勝負ではないかと話し合う。
「ここでわたしがギルベルト様の妻として完璧に振る舞えたら、あの人たちを見返せるわ」
「ヴァネッサの方が伯爵家より地位が高いのよ! 鼻で笑ってやりましょう。それから全貴族たちにわたくしたちが幸せでうまくいっているってこと見せつけるのよ!」