②⑧
アンリエッタの話を聞けば、ギルベルトの行動の意味がわかる。
今まで不思議に思っていたことがすべて腑に落ちたような気がした。
ギルベルトは自分でしか救えない女性たちを救っているのだ。
「お母様は体が弱いのに無理をしてでもわたくしを産んだんですって……だけどお父様は後悔しているって、わたくしは知っているの」
アンリエッタは膝で手のひらをギュッと握る。
声が震えていて、こちらまで胸が苦しくなってしまう。
「だってわたくしを見る目が時折、悲しそうだもの」
「……アンリエッタ」
「だから……っ、わたくしなんて……!」
アンリエッタの瞳が徐々に潤んでいくのを見て、ヴァネッサはアンリエッタを抱きしめた。
彼女はギルベルトが悲しい思いをすることがつらいのだろう。
「そんなことないわ。アンリエッタはとてもいい子だし、ギルベルト様もアンリエッタのことを気にかけているわ」
「……ヴァネッサ、ありがとう」
アンリエッタはヴァネッサにバレないように涙をグイッと手のひらで拭った。
「そ、それなのにあの時、あなたがわたくしを天使とか言い出すから言えなかったのよっ!」
「だってアンリエッタがあまりにも可愛らしかったから……」
「~~~~っ!」
アンリエッタは「何言っているのよ!」と、言いつつも恥ずかしそうに顔を赤らめている。
ヴァネッサはアンリエッタが部屋に来た経緯にはそんな理由があったのだと思うと、ギルベルトとのすれ違いには切なくなってしまう。
(本当は互いのことを想っているのに、二人とも素直に伝えられないだけなのね)
性格が似ている二人だからこそこうなってしまったのかもしれない。
アンリエッタはヴァネッサに自分の本心を話してくれた。
ヴァネッサよりもずっと幼いアンリエッタが真っ直ぐに向き合ってくれたことが嬉しかったのだ。
ヴァネッサはぐっと手のひらを握った。
それは自分の過去と向き合う覚悟ができたからだ。
「アンリエッタ、わたしはね……」
ヴァネッサもアンリエッタに自分の過去を話し始めた。
アンリエッタと同じように、ヴァネッサの母親はヴァネッサを産んで亡くなってしまったこと。
後妻と妹にずっと虐げられて、小屋のような場所に閉じ込められて一人で過ごしていたこと。
その後も物置きのような場所で寒さに震えて過ごして、令嬢としてではなく使用人として働いてきたことをアンリエッタを怯えさせないようにマイルドに話していく。
真実はあまりにも惨すぎて、それこそアンリエッタのトラウマになってしまうと判断したからだ。
「昔から咳が止まらなかったの。肌もね、ずっと痛くて痒かったわ。わたしは病弱で何もできなかった……だからこそお父様たちは妹のエディットが可愛くてたまらなかったんだと思うの」
「……っ」
「わたしが令嬢として役立たずだと罵られたわ。だけど、どうしようもできなかったの」
アンリエッタは真剣にヴァネッサの話を聞いてくれた。
ヴァネッサは自分の過去と向き合いながら瞼を閉じる。
恐怖や苦しみに向き合うことはとてもつらいけれど、だけど今のヴァネッサが次のステップに進むためには必要なことなのかもしれない。
こうして言葉にすることで、ヴァネッサが一人で抱え込んでいたものから少しずつ解放されていくような気がした。
周りにいるレイやセリーナにも聞こえていただろう。
だけどヴァネッサは落ち着いて自分が置かれていた状況を話すことができた。
「これが今までわたしが受けてきた扱いなの。エディットからギルベルト様の噂を聞かされてパニックになってあんな行動を取ってしまったけど今はギルベルト様がそんなことをする方じゃないってちゃんと理解しているわ。だから……」