②⑥
薬を飲み込んだヴァネッサは苦味に眉を寄せて、唇をモゴモゴと動かしていた。
なんとかゴクリと薬を飲み込むが、あまりの苦さに顔を歪めていた。
すると唇に触れる固い感触。
口内に押し込まれるものに、また薬かと思ったが舌に広がる甘みと固いものが歯に当たってコロリと鳴る。
(もしかして飴……? とっても甘いわ)
キラキラと目を輝かせたヴァネッサは頬を押さえながら感激していた。
飴の甘みが薬の苦味を一瞬で消してくれた。
コロコロと飴を口の中で転がしながら幸せを噛み締めていた。
『ははっ……』
『ギルベルト様?』
いきなり笑い出したギルベルトに困惑するヴァネッサ。
飴を口に含みながらどうしたのかと問いかけようと迷っていると……。
『報告には受けていたが、君は本当に嬉しそうに甘いものを食べるんだな』
『え……?』
『アンリエッタの気持ちがよくわかる』
どんな気持ちなのかはわからないが、ギルベルトが笑った顔を初めて見たためヴァネッサも場の空気に合わせるようにヘラリと笑う。
『食事の量も増えたようで安心した。肌もすっかりよくなったな。精神状態もよさそうだ』
『はい! すべてギルベルト様とアンリエッタのおかげです。いくら感謝しても足りません』
ギルベルトはヴァネッサの言葉に嬉しそうに微笑んでいた。
その時のギルベルトの表情が今でも忘れられない。
そして部屋の外でカタリと音が鳴ったことに二人は気がつかないままだった。
アンリエッタは扉の外で二人の話を聞いていたがそれは誰に気づかれることもなく、その場から遠ざかって行った。
それが一週間前のことだ。
その日からアンリエッタとの仲はもっと深まったように感じる。
ヴァネッサは彼女に信頼を寄せられていると感じていた。
そんなことを思い出しながら、ヴァネッサは楽しげに紅茶を飲むアンリエッタを見つめていた。
「いつになったらアンリエッタのようになれるようになるかしら」
「ヴァネッサは筋は悪くないわよ。あとは時間が解決してくれるわ」
「……!」
ヴァネッサは目を見開いた。
アンリエッタがギルベルトと同じことを言ったからだ。
やはり二人は親子なのだと思えた。
ヴァネッサの表情を不思議に思ったのだろうか。彼女の視線を感じたのでギルベルトと同じこと言っていたことを話す。
するとアンリエッタは口元を押さえた。
「わたくしが……お父様と?」
「アンリエッタ?」
アンリエッタが珍しく口ごもる。
彼女は何かを話したそうにしていたが、ヴァネッサが待っていると小さな声でギルベルトとのことを話し始めた。
「お父様とわたくしは似ているのかしら……」
「えぇ、よく似ていると思うわ」
整った顔も性格も発する言葉も度々、そっくりだと思うことがある。
「…………そう」
アンリエッタは俯いて悲しそうにしている。
年頃の女の子に父親と似ているのはよくなかったのだろうかと考えていると、アンリエッタは自らの悩みを打ち明けてくれた。
「最近はお父様とあまりよく話していないの。忙しいのは前からだけど……」
「……!」
「もうわたくしのことなんてどうでもよくなってしまったのかしら」
アンリエッタが言っている最近とは、もしかしてヴァネッサが来た時期と重なるのだろうか。
そうなるとヴァネッサに時間を取られていて、ギルベルトとアンリエッタが一緒に過ごす時間を奪ってしまったのかもしれない。
(最初の頃、ギルベルト様はつきっきりで診てくださっていたから……もしかしてそれで二人の関係に亀裂が!?)
そう思うと、ヴァネッサは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「ごめんなさい、アンリエッタ。もしかしてわたしがここにきたことがきっかけで二人の時間が……!」