②⑤
アンリエッタはギルベルトと目が合ったことで、気まずそうに一歩下がる。
しかしアンリエッタが持ってきてくれたクッキーに目を奪われたヴァネッサはベッドに座りつつも彼女を手招きする。
『来てくれてありがとう。アンリエッタ』
『ヴァネッサが大変だって聞いたから居ても立っても居られなかったの』
そう言って微笑んだアンリエッタにヴァネッサは安心したように微笑んだ。
アンリエッタはギルベルトを気にしつつベッド横の椅子に腰掛ける。
レイからヴァネッサの状況を聞いたアンリエッタは持ってきたクッキーを彼女に預けた。
『今日は熱があるからクッキーはお預けね』
『そ、そんなぁ……!』
『ふふっ、ヴァネッサは本当にクッキーが好きね』
『クッキーを食べるために早く体調を治すわ!』
それからギルベルトが少し離れたテーブルで薬の調合している中、いつものようにアンリエッタと楽しげに話していると、どこから感じる視線……。
視線の先、ギルベルトの赤い瞳と目が合う。
彼は何故か手を止めて、こちらを驚いたような表情で見つめているではないか。
ヴァネッサがコテンと首を傾げると、ハッとしたギルベルトは再び視線を戻してから動き出す。
『アンリエッタ、来てくれてありがとう』
アンリエッタはヴァネッサの手を取ると、祈るように両手で握りしめた。
彼女の手はひんやりと冷たくて気持ちいいが、その手は微かに震えているような気がした。
『早く治しなさいよねっ、わたくしを心配させないでちょうだい!』
アンリエッタは勢いよく顔を上げながらそう言った。
高圧的な言い方ではあるが、悲しげな表情からヴァネッサにはアンリエッタの気持ちが伝わっていた。
『もちろんよ。わたしはアンリエッタと過ごす時間が大好きだもの』
『わ、わたくしだってヴァネッサと一緒に過ごしたいわ……!』
『ありがとう、アンリエッタ』
ヴァネッサが微笑むとアンリエッタは安心したのか『ゆっくり休んでね』と言って部屋から出て行った。
どんなに言い方がキツくても最後にはちゃんと甘えてくれるところが可愛らしい。
(今日はクッキーはお預けね……)
クッキーが食べられずに落ち込んでいたヴァネッサ。
すると先ほどまでアンリエッタが座っていた椅子にギルベルトが腰掛ける。
手慣れた様子でウォーターポットを持つとコップに水を注いだ。
ヴァネッサに水が入ったコップと薬を手渡す。
ヴァネッサは『ありがとうございます』とお礼を言うと……。
『ヴァネッサ、すまない』
『……?』
薬の調合が失敗してしまったのだろうかと考えていたが、そんな薬をギルベルトがヴァネッサに渡すわけがない。
ギルベルトが何に謝っているのかがわからずにヴァネッサは彼に問いかける。
『どういうことですか?』
『……アンリエッタのことだ。迷惑をかけてしまっているだろう?』
『……!』
ギルベルトはヴァネッサがアンリエッタに振り回されていると思ったのだろうか。
でも実際は逆でアンリエッタに世話になっているのはヴァネッサの方だ。
ヴァネッサはギルベルトの言葉を否定するように首を横に振る。
『わたしがアンリエッタに頼んでいるのですよ。迷惑を掛けているのはわたしの方ですから』
『……!』
『アンリエッタはとても優しくて可愛くて素敵な女の子なんです。色々なことをたくさん教えてくれる……こんなに楽しい時間は初めてです』
ヴァネッサは手を合わせながらそう語る。
外でお菓子を食べて女の子とおしゃべりができる夢のような時間は絶対に手放したくはない。
ギルベルトは『……そうか』と頷いてからヴァネッサに薬を飲むように促す。